IUIピックアップ VOL.15

風が気持ちいいと感じる場を
−サステイナブルな建築環境のあり方

インタビュー

田中 稲子[建築環境工学/建築都市文化コース教授]

Interview with

Ineko TANAKA

田中稲子先生は自然エネルギーを利用した環境共生型の建築をベースに、居住者の健康や快適性と建築環境の関係性に関する研究をされています。またヒートショックなど、高経年化した都市郊外の集合住宅が抱える課題などに対しても、フィールドワークや他の専門分野の関係者との協働を通じて実践的に取り組まれています。今回はサステイナビリティに準拠した建築物の事例とともに、「木の家スクール名古屋」での経験を通じて得た建築の持続可能性についてお話を伺いました。
聞き手|藤原徹平[建築家/Y-GSA准教授]
写真|白浜哲

専門となる研究分野について教えてください。

田中 専門は建築環境工学という快適性や健康に関わる建物の環境をどう制御するか、どうデザインするかということを学問する分野になります。室内の快適性というものは、建物だけではなく、その外部の、暑さや寒さ、明るさや眩しさ、騒音や静音さといった熱、空気、光、音の環境などで変わっていきます。そういった環境の中で自然エネルギーをできるだけ取り込みながら建物をうまく快適にコントロールしていくために、建物自体や敷地がどうあるべきかということを研究しています。例えば今「脱炭素」と言われていますが、換気設備や冷暖房設備を使用するなど、建築環境はエネルギーを使うことに直結した分野ですので、脱炭素化に関わる技術を扱う分野でもあります。

田中先生がこの分野に進もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

田中 私は福島県の女子高に通う普通の高校生でしたが、もともと環境や自然を保護することへの関心を持っていました。例えば利己的な都市開発や民間企業の利益のみを追求した経営のために公害が起こるという仕組みは(教科書やメディアから)学んでいましたが、それに対して何か解決策がないのかということは子どもながらに思っていました。そんな時、宇宙飛行士の毛利衛さんの新聞記事を目が目に留まり、「これからの世の中は自然エネルギーを利用していかないといけない」と。単純なんですが、その記事を読んだことがきっかけで省エネルギーとか自然エネルギー利用に関することに関わりたいと思ったわけです。

大きく言えば、地球規模の視点で人間が生きていくことについて考えたかったということでしょうか。

田中 まずは環境保全について考えるということですね。ただ保全するだけではダメだろうと思ってはいたので、じゃあどうやって守っていくのかと思った時に、もう少しポジティブに人間の活動の中でできることは何だろうかという発想で、エネルギーの利用の仕方に直結したんだと思います。

例えば福島の原発問題や、ご自身の経験から考えられる宿題としてはどういったものがあるのでしょうか。

田中 やはり原発事故の影響は非常に大きく、難しい宿題を突き付けられたと思っています。本来であれば住んでいる人は室内の換気を必要とするのに、屋外の放射性物質が怖くてそれができないわけです。経済的な余裕がある人や親戚が遠方にいる人などは引っ越す選択もできますが、全員がそのようにできるわけではないです。屋外の健全な環境が担保されていないと、室内環境の健全さは何ひとつ保障されないという建築環境の脆弱さを痛感しました。また、単に物理的に汚染されたという問題ではなく、エネルギーを東京など大都市に供給するという日本の大きな社会構造の中で位置付けられた土地が福島だったということです。新潟なども同じ位置付けにあると思うのですが、環境の領域を考える時、今までは単純に室内の周りが屋外で、その周囲にまちがあって地域があってと空間的に考えていたものが、言ってしまえば東京という地域を支えるために、室内環境が知らないあいだに距離的に離れた外部と紐付けられていたということです。単に物理的な環境だけを扱うのではなく、そうした社会環境を見据えた地域やエネルギーのあり方について考えることが大事で、そこがつねに宿題だと思っています。

以前、建築家の西沢大良さんをお呼びして学生の前で話していただいた時に、「近代都市は良い部分もあるけれども、エネルギーや食料などの生産を外部化させていることは最大の欠陥だ」とおっしゃっていました。西沢立衛先生は「それは建築の範疇を超えている」ともおっしゃっていて、どちらもとても鋭い指摘だなと思いました。

田中 まさにそうだと思いますね。1990年代(地球環境問題が社会で取り沙汰されるようになった時代)から「コンパクトシティ」という言葉を耳にするようになりましたが、この問題を突き付けられている今、社会のあり方として食料生産の外部化やエネルギー生産の外部化を見直すことは避けられないと思います。コンパクトシティの解を出している都市は世界にもどんどん出現していて、日本にもできないはずはないです。

コンパクトシティの議論として人流のことがよく話題に挙がりますが、本当はエネルギーの生産をどうするのかということを最初にしないといけないのかなと思います。日本という国家が高度成長していったモデルはもはや限界を迎えていて、エネルギーと食料の生産を外部化することで大きくなった都市の成長はすでに止まっているという認識です。

田中 さらに、食料やエネルギー生産の外部化によって成り立つ経済に頼りきった構造のまま、現代の政策がデザインされているわけですね。本来コンパクトシティを実現させるためには、まずコミュニティ単位でエネルギーをつくることを考えなければいけないし、そこには外資を使ってでも投資する価値があると思いますが、そういう仕組みにはなっていないですよね。

政治の問題はまさにその通りだと思います。同時にどういう政治問題にしていくべきかということをアカデミアもメディアも明確に理解できていないのではないかと思います。建築学においても、もう少しエネルギーの問題について考えないといけない。

田中 西沢立衛先生がおっしゃったように、建築の範疇を超えているかもしれないという認識を持った上で学生には新たな建築や社会の提案をしてほしいと思います。というのも、2016年(平成28年)に省エネ基準が改正されて、住宅も断熱基準をいずれ守らなければいけないといった話が出た時に、一部の議論としてデザインが単一化してしまうのではないかという危惧の声を聞いたことがあります。ですが外壁に断熱材を入れなければいけないとしても、他にやれることはいくらでもあって、全部同じデザインにしようという制度ではないと思っています。
 ただ一方で、断熱材を入れる入れないの話ではなく、「日本はモンスーン地域の一部なんだから、もっとすかすかした家で良いんだ」というようなことを北山恒先生がおっしゃっていたことがあって、私もまったく違和感なしにそう思いました。数十年後には地球温暖化で東京は奄美大島と同じ気候になると言われている中で、今と同じ断熱基準で長寿命の建物をつくっていけば、おそらく冷房を始終つけ続けないといけない。冷房の負荷が単に低くなるだけであって、冷房なしの生活はできなくなるわけです。それでも、自然の風を受けて気持ちいいという価値観を持った人間という生き物を育てる必要があると思うんです。「風が気持ちいいな、じゃあ外に出よう」とか、そういう人間としての当たり前の反応を起こせる建物は、高断熱高気密を推し進めることでは実現しないだろうと薄々思っているところです。

もちろん暮らしの中ではしっかりと断熱がされているところも必要だと思います。その一方で、風を感じないと何のために生きているのか分からないという。気持ちいいという感覚がないと、それはそれで問題なわけですよね。

田中 それこそ体感として「この緑を守らなければいけない」とか、「この生態系と我々は向き合わなければいけない」といった動機や価値観を持つ人間を育てる力、ポテンシャルが建築にはあると思うんです。断熱気密性の非常に高い建物を見るにつけ、そうした可能性を遠ざけてしまっていないかと感じるところはあります。

例えばとあるサッシメーカーが断熱基準の義務化によって研究を始めて、質の良い断熱サッシを安価に供給できるようになった場合、その後に断熱基準が緩和されるのであれば良いと思うんです。産業による誘導と緩和の認識で法律をコントロールするということですね。実際にペアガラス(複層ガラス)などは前よりもずっと安くなっていて、それ以前は環境性能を良くするためにものすごいお金を払わなければいけなかったわけです。

田中 環境を良くすることは何かとお金がかかるとか、付加価値だということを言われます。ですがそのような流れで価格が下がれば、環境性能が担保された上で、施主は建物のデザインそのものを選べるようになるということですね。

とはいえ、そうした法律の使い方が下手というか、やはり使い方そのものをデザインするということが各方面において足りていないのかもしれないと、お話を聞いて思いました。まさに学際的なアプローチをしていかなければならないのかなと。

田中 こういったことはひとつの分野で解決できる話でもないので、このYEARBOOKや建築都市学といったものを通して発信し続けることに意味があるのだと思います。今、建築計画分野の藤岡泰寛先生と連携して、横浜市の左近山団地の居住環境の改善について発信しています(下図)。ただ、建築家の野沢正光さんがおっしゃっていたのですが、あまりにも建築環境というのは日常的すぎて、暖かさや寒さの重要性に気付けないところがあると。つまり住環境リテラシーの必要性に気付きづらいということです。だから実はヒートショックのリスクが高い居住環境にお住まいでも意識せず、毎日のように近所に救急車が出入りしていることを受容していたりもする。そうした居住環境について少しでも意識できるように変えていけないかということで、藤岡先生のまちづくりの枠組みに参加させていただいているところです。時間はかかりますが、そういった場所に学生を連れ出すことで、建物の利用者側の現実を色々と知ってもらいたいとも思っています。

DIY的改修モデルルーム(2018年冬)
DIY的改修モデルルーム(2018年冬)
DIYモデルルーム|壁紙/クッションシート(2018年)
DIYモデルルーム|壁紙/クッションシート(2018年)
DIYモデルルーム|壁紙/コールドラフト対策家具(2018年)
DIYモデルルーム|壁紙/コールドラフト対策家具(2018年)
 DIYモデルルーム|二重窓(2018年)
DIYモデルルーム|二重窓(2018年)

数年前に野沢さんが設計した「愛農学園農業高校」という三重県の農業高校に行ってきましたが、本当に素晴らしかったです。サステイナブルで、外部からのエネルギーをほとんど使わないようにできています。

田中 愛農高校は社会的にもそのまちが成り立つことに寄与している建物で、その点もまさにサステイナブルな建築だと感じます。こうした仕事をもっと評価して発信していきたいですよね。野沢さんが設計された「ソーラータウン府中」も、十数軒の規模ですがサステイナブルなコミュニティデザインのひとつの答えを見つけたように思いました。制約のある立地にも関わらず敷地のデザインからうまくいっていて、これが手を抜いて外構を全てアスファルトにしたり塀を建ててしまったりしていれば、窓を開けると気持ちいい風が入ってくるとか、太陽の日差しが気持ちいいといった感覚は得られなかったと思うんです。結果的に車両が入らず子どもが駆け回れる路地もあって、今の少子化の中でもああいった子育て世代が住みたくなるような空間をもっと増やせば、サステイナビリティは実現できてしまうのではないかとも思います。野沢さんから学ぶことはたくさんあります。

愛農学園農業高等学校木造校舎
愛農学園農業高等学校木造校舎
野沢正光建築工房 http://noz-bw.com/archives/works/angm
三重県伊賀市にある全寮制農業高校。既存の鉄筋コンクリートでつくられた3階建て校舎を2階建てに減築し、三重県産のスギ製材を用いながら耐震改修、温熱改修などを施して再生した。自然光や風を取り込み、「太陽熱集熱換気システム」などを設置することで、化石燃料に頼らない自然エネルギーを活用した空間となっている。2010年10月竣工。

田中先生が読まれた毛利さんの言葉に対する想いのように、純粋な気持ちで大学に来る人は結構いると思います。ただ、その大切な想いの行き場がないというか、どういう研究や学びをすれば自分が少しでもその取り組みをサポートできるのか。そういった道筋を大学がもっと示さないといけないのかなとも思うんですね。例えば田中先生は「木の家スクール名古屋」という取り組みにずっと関わっていらっしゃいました。改めてどういったプロジェクトだったのか教えていただけますか。

田中 これも持続可能性のひとつの答えになるのではないかという想いで、私が名古屋工業大学在任中から最近まで18年間やっていました。日本における循環型の社会は、古くは、川上に人工林があって、木を育て木を伐り出すという仕事、川下で製材し、木材でものをつくるというまち場の仕事が生まれ、それを利用する人々がいることで成り立っていました。それによって日本の木の文化も育まれてきたと思うのですが、その流れが途絶えてしまった今、どのようにその状況を変えて木の文化を再興していくのかということが「木の家スクール名古屋」の主な問いでした。2年前に一旦活動を終了したのですが、基本的には建築士や工務店の方、左官や大工といった専門職の方々が受講者でした。木構造や木材の耐火や防火について研究されている先生を招いたり、受講者には木の文化の意義も学んでほしかったので国宝などの文化財の研究者の方に来てもらったり、林業家も建築家もお呼びしました。地元の建築をつくる人たちの価値観を変えていくという取り組みでしたが、そもそものきっかけは当時「OMソーラー株式会社」*の社長だった小池一三さんが企画して、2001年の元旦の朝日新聞の一面に掲載した「近くの山の木で家をつくる運動 千人宣言」という意見広告を私が目にしたことでした。木造の家をつくることで山を守るという。つまり私としては「使いながら守る」というその発想が、経済と社会と環境の三位一体になったシステムだと思ったんです。「木の家スクール名古屋」はその考えに賛同したメンバーが集まって、その名古屋版というかたちでやっていました。


* OMソーラー株式会社
1987年創業。建築家・奥村昭雄(東京藝術大学名誉教授)による「熱と空気をデザイン」するという思想のもと、室内に快適な環境をつくりだす研究拠点としてスタート。太陽熱を利用して暖房と換気を行うシステム「OMソーラー」などの自然エネルギー利用技術を研究開発している他、「健康・快適・省エネの家づくりの普及」を目的としたさまざまな取り組みを行っている。


OMソーラーの活動が日本全国の文化を育てたことで、そこから独立したり、学びを得た大工さんや工務店が各地の建設のクオリティを支えているんですね。だから小池さんや野沢さんたち世代の熱い想いが遺伝子的に全国へと広がっているのだと。逆に言えば、もう一度そういったムーブメントの核となるようなものを、大学がどうやってつくれるのかということなのかもしれないですね。

田中 実際に専門職の方々に関わってもらおうとした時に、大学がどこまで関与できるのかということもあると思います。名古屋でやっていた時は、ご自身の家も近くの山の木でつくっているという名古屋工業大学(当時)の藤岡伸子先生とその設計士がキーパーソンでした。木でつくるものが家である必要はないのですが、使う場はやはりまち場につくらないと山に木が(伐り出されず)停滞してしまい、結局土砂災害などにつながってしまいます。そうすると間伐するなど山を管理することを目的に税金を使うという話になってしまうので、何とかまち場で使い経済的にもまわる仕組みができないかということを考える必要があります。

ソーラータウン府中ソーラータウン府中
ソーラータウン府中 ©Masamitsu Nozawa Building Workshop
野沢正光建築工房 http://noz-bw.com/archives/works/stf
東京都府中市にある16戸の木造住宅群。「ライフサイクルCO2」の50%削減などを目指した東京都による「長寿命環境配慮住宅モデル事業」として実施され、各戸の通風や採光を考慮してジグザグに住戸を配置するなど、敷地割を含めた設計が施されている。通常であればフェンスになりがちな家と家に挟まれた裏が、均等に地役権設定を行うことで居住者全員が利用できる長い園路となっている。2013年7月竣工。
記念誌「木の家スクール名古屋の18年間のあゆみ」
記念誌「木の家スクール名古屋の18年間のあゆみ」

ありがとうございます。最後に学生へ向けてメッセージをお願いします。

田中 本学府の学生は都市科学部から進学する学生が多いと思うのですが、最近は学部で「地域課題実習」を履修している学生も増えてきて、ただ単に座学で理解しているだけではダメなんだという自覚を持った学生が以前より増えていると思います。それはすごく大事なことで、やはり生の実感がない中で議論を繰り返したとしても何も解決しません。そのことをつねに拠り所として、現場を見て、体験して、ぶつかりながら進んでもらいたいです。

Ineko TANAKA
Ineko TANAKA
福島県生まれ。建築環境工学。建築都市文化専攻教授。著書に『まち保育のススメ』(共著、萌文社、2017年)、『住まいの環境デザイン』(共著、放送大学教育振興会、2018年)、『住まいの環境論』(放送大学教育振興会、2023年)。主な論文に「住宅改修時の間取り変更によるヒートショックリスクの低減に関する基礎的研究」(共著、日本建築学会技術報告集、2022年)、「都市部の保育施設の建築的特徴が保育者の窓開け行為と室内外環境評価に及ぼす影響に関する研究」(共著、人間と生活環境、2020年)など。2017年度(第13回)こども環境学会賞 論文・著作賞を受賞(2018年)。