IUIピックアップ VOL.20

鈍感力
自然に謙虚に向き合いながら鋼構造の安全性を考える

インタビュー

松本 由香[鉄骨構造、構造性能、耐震性能、終局挙動/建築都市文化コース教授]

Interview with

Yuka MATSUMOTO

松本由香先生は、鋼構造の耐震設計を中心に研究をされています。鋼構造は、コンクリートなど他の材料と比べても、どれくらい傷みが進んでいるのかが見た目でわかりにくい構造です。鉄骨の建物が被災してしまった際など、その構造骨組がどの程度の耐力が残っているのか、現地調査に基づいて診断できるようにできないかと日々研究されています。また、研究をする中で最も重要なことは、実物に触れることだという話をしてくださいました。
聞き手|藤原徹平[建築家/Y-GSA准教授]
写真|宮一紀

松本先生の研究内容を教えてください。

松本 鋼構造の耐震設計を中心に研究をしています。かれこれ20年近く私が一貫して取り組んでいるのは、鉄骨の建物が被災してしまった際に、その構造骨組がまだ無事なのか、どの程度の耐力が残っているのか、現地調査に基づいて診断できるようにすることです。
 鋼構造というのはどの程度傷んでいるのか、終局にどれくらい近づいているのか検査しづらい構造形式です。例えば、鉄筋コンクリート構造の場合ですと、まず微細なひび割れが入り、さらに進むとひび割れが連続した細い線が現れて、破片がボロボロと落ちていくというように、見た目の変化とどの程度損傷が進行したかがかなりリンクしています。しかし鋼構造の場合には、鉄骨がちぎれかかっていたり、はっきりと曲がっていたりといったように、見た目ではっきりわかる変化が現れた時にはすでに耐力を失っていることが多いんです(図1)。しかも、鋼構造の場合、傷み始めてから耐力を失うまでの間、長く変形し続けることができる、つまり長い間耐力を保持できることが本来の特徴ですので、その間を段階的に判断できないことは非常にもったいないことなんです。大きな地震が起きた後などに、まだまだ使えるのに心配だから壊して建て替えてしまうかもしれないし、逆に危険な状態に近づいていても目立った変化が現れてないからそれを見逃してしまうかもしれません。そういうところを改善できないかなと考えています。

筋かいの座屈
図1 筋かいの座屈

鋼構造の場合、どれくらい傷んでいるかというのはどういったところで判断するんでしょうか。

松本 現状では、基礎や柱の傾き、部材の曲がり具合や亀裂の有無などの目視検査ですね。いずれも非常にざっくりした目安があるだけで、被災後の構造性能を診断するには心もとないのが本音です。そこで研究として試しているのが、鉄骨の硬さを測ったり、見かけではわかりづらいわずかな凹みをセンサーで測ったりすることです(図2)。計測技術や情報処理技術は日進月歩で、現在はセンサーやデータ収録機器の小型化やコードレス化が進んでいます。以前だったら大きな機械でなければ測れなかったことが現場で測ることができるようになりました。これを鋼構造の診断に使えないかと思ったわけです。
 鋼構造の壊れ方の一つに、局部座屈といって、断面を構成する板要素が波打つように曲がって耐力を失う現象があります(図3)。空き缶を踏んづけると管壁がベコベコに凹んで潰れてしまいますが、あれと同じ現象です。柱の場合、それなりに早い段階から断面が曲がり始めるのですが、このときの表面の凹み量は0.5ミリとか1ミリなので、パッと見ではわかりません。現在試している計測方法を使うと、この程度の凹みは十分検知できます。ただ、実際の建物を調べようとすると、仕上げ材を剝がしたりしなくてはいけないので、診断に活用するにはまだまだ課題が残っていますね。

 柱の損傷診断の話から一旦脱線しますが、建物は建設してから数十年のオーダーで使い続けるものなので、他の工学分野と比べると世代交代が進みにくくて変化が遅い分野だというイメージがあるかもしれません。ですけど、計測技術や情報処理技術の進歩で建築構造の研究はどんどん進化しているんです。例えば、梁の横座屈と言って、梁が大きく捩れながら湾曲する現象があるのですが、これは変形の計測が難しくてセンサーをどの位置にどのようにセットするかが頭痛の種なんです。ところが、共同研究者に画像解析に詳しい人がいて、試験体にLED光源を貼り付けて写真を多方向から同時撮影し、画像からLED光源の座標を割り出す、という方法で変形を計測したことがあります(図4)。モーションキャプチャーのような仕組みですね。この例のように、測る技術はどんどん進歩しているのだから、鋼構造の損傷診断という難題も改善できないかなと期待しています。

梁の変形/画像解析
図4 梁の変形/画像解析

建物の場合でも、健康診断のようなことが簡単にできるといいですよね。

松本 被災した建物に対して、修理でどうにかできませんかという施主さんの声がやっぱり強いですよね。建て替える必要があるのか、それとも補修で済むのかでは、生活を立て直すためにかかる費用も時間も違いますから。ただ、そういった施主さんの思いがどれだけ強くても、構造技術者は被災後の建物の安全性に対して責任を取らないといけないんです。使い続けた結果、次の地震が起きた時にペシャンコになることは絶対に避けないといけませんから、プロとしては安全と信じられる判断をせざるを得ないわけです。そのようなときに、信頼できる手掛かりが得られて合理的な判断ができるようにしたいんです。

医療におけるセカンドオピニオンのようですね。

松本 それに近いかもしれないですね。ただ、定量的な判断をするためにはまだまだ知見が不足しています。健全な状態から壊れるまでどれくらい変形できるかという裏付けは昔から研究されていて、そのデータに基づいて、今の設計のルールができています。その一方で、健全な状態からの寿命が100%だとして、これくらい曲がったら何%くらい損傷が進行しています、そういった判断をする研究はあまり進んでいません。そこが改善されれば、使い続けられるものは残し、もう駄目なものは見逃さずに建て替えるといった、合理的な対応ができるんじゃないかなと思うんです。

他に研究しているテーマはありますか。

松本 今の話と関連するんですが、柱や梁で構成する構造形式は、どれくらい傷んでいるのか診断するにはまだまだ難しい課題が残っています。その一方で、筋かいを入れている建物だと、柱や梁が損傷するより先に筋かいが折れ曲がるので、筋かいを見張っていれば、建物がどれくらい傷んだかが検知しやすくなります(図5)。さらに、筋かいを入れていると損傷が筋かいに集中しやすい分、柱や梁があまり傷まずに済むので、被災後に筋かいを交換すれば構造性能を回復できるというメリットがあります。柱や梁に比べて筋かいの交換は簡単ですからね。このように、どれくらい傷んだのか、もう交換しないといけないのかが判断しやすく、しかも比較的簡単に性能を回復できる構造はやはり魅力的です。現在は筋かい構造の実験や解析を行って、設計法の改善に取り組んでいます。

被災後の筋かい
図5 被災後の筋かい

ダメージマネジメントのような考え方ですね。そのような考え方を取り入れた構造はあるんですか。

松本 考え方自体は特に新しいものではありません。例えば、制振構造というと、揺れに対して性能が良くなった建物と捉えられることが多いんですが、実際には交換が容易な要素に損傷を集中させて、柱や梁の損傷を軽くし、被災後は損傷した要素を交換して性能を回復させることを目指した構造でもあります。そういう仕組みが内在する構造物は既に多くあるのですが、そのメリットが十分説明されておらず、一般に認知されていないところはありますね。サステナビリティという観点から、損傷が検知しやすい、性能を回復させやすい構造をもっと積極的に目指していいんじゃないかと思います。

コンクリートや木材など、構造の分野で材料ごとに研究が分かれているのは壊れ方が違うからでしょうか。

松本 考材料が違うと、何によってダメージを受けるのか根本的に変わってしまいますね。例えば、コンクリートは圧縮に強いけれど引張に弱く、引張を受けたところからひび割れが生じてボロボロになっていくという特徴があります。一方、鉄骨の場合は引張に強く、ただし細長い状態で使うので圧縮力が作用するとクニャっと曲がってしまうという特徴があります。このように、対応しなければいけない現象や苦手な力の種類が構造材料によって全然違います。それぞれの長所を生かして弱点をカバーするためのポリシーが材料ごとにかなりはっきり異なるので、研究分野として括ろうとすると、材料ごとに分類するのが合理的なんです。

松本先生が鋼構造を選んだ理由はなんだったんですか。

松本 実は横浜ランドマークタワーと関係しています。当時、卒論指導をしていただいた桑村仁先生の口がうまかったということもあるんです。鉄骨構造は細長くて薄っぺらい状態で使うので、地震被害などでも座屈といってクニャっと曲がってしまう被害が多く報告されていました。実際には引っ張った時に断面がブチ切れて壊れるというパターンも存在するんですけど、当時はまだ断面が真っ二つになってしまうことに対して社会的な関心が低く、研究の上でも断面が破断するまでどれくらい変形できるのか理論的に予測するのが難しい段階でした。桑村先生から「そのことがわかっていないのに、横浜ランドマークタワーを建ててしまったんだよ」と当時お聞きして、解明できていない点が残っているにも関わらず建物を建てていることにショックを受けたことが、鋼構造に興味を持つきっかけになりました。
 ただ実際に研究を始めてみると、鋼部材の破断を防ぐ対策は、必ずしも演繹的に理論を積み立てるだけではないことが分かってきたんです。実物に近いものに実際に力を与えて壊してみて、どれくらい性能があるかを確かめる方法もあって、横浜ランドマークタワーはそれに近いことをして安全性を確認していたんですね。演繹的に積み上げられていなくても、安全に使用できるという確信が得られない状況ではなかった。この時に問題解決の手法は理論的に知識を積み上げていくばかりではないと気がつけたことが私にとってはよかったんです。

全てが理論で説明できるわけではないということですか。

松本 建物を建設する過程ではある程度の施工誤差がつきもので、図面と寸分違わない建物なんて絶対に建設できません。また、建物は地面から支えてもらって外力に抵抗するわけですから、構造性能は地盤のばらつきによって変化します。なにより、建物に作用する地震力や風圧力には非常に大きなばらつきがあるので、正確に予測できるものではありません。理論はもちろん大切なのですが、精緻な理論から導かれた解は形状・寸法のちょっとした違いや外力のばらつきに敏感で、建物の状態や外力が想定から少しでも外れると大きな誤差が生じる場合があります。ですから、多少の施工誤差を覚悟した上で自然の外力に抵抗しなければならない建築構造は、ちょっとした誤差に敏感にならないように、多少想定から外れても性能が大きく低下しないように作りこむことが大切だと思います。そういう鈍感さを与えることは、部材の耐力バランスや材料の選び方、接合部の作り方などに配慮することで可能なんですよ。実際に建設される建物の安全性を考えると、理論だけに頼るのではなく、多少の想定外があっても大丈夫というフィールドに持ち込みたいなと思います。

鈍感力のある構造設計という考え方は面白いですね。理論通りに建物ができないという話は重要だと思います。そのことを学生に対してどのように伝えていますか。

松本 最近の学生は、計画段階で施工できるかどうかをCAD上でチェックします。しかし、実際に現場に行くと、CAD情報と寸分違わないものなんてできないんですね。物だけでなく、技能者がどのような工具を使ってどのように動くかを想像することも不可欠です。CAD上ではつじつまが合っているように見えるけど、さらにどのような余裕がないと苦労するかは実際に現物を組み立てる作業を経験したことがないと分からないんです。
 私は実部材の組み立てを伴う実験を毎年実施しているのですが、学生自身に試験体の計画をさせて、図面を起こさせています。その時に、施工誤差や組立作業に対して想像力が及ばなければ、実験でセットアップする際に苦労します。痛い目にあえば、その学生はそういう問題があることを忘れないはずです。鉄骨の試験体では製作にお金がかかるので頻繁にはできないんですけど、模型のようなものでも経験するのが大事ですね。自分でカットしてみれば断面を直角にするのがいかに難しいかが分かりますし、ボルト孔の径にある程度の余裕がないとボルトを通すのに一苦労します。その感覚は現物を触って体験しなければなかなか身に付かないと思います。

学生に向けてメッセージをお願いします。

松本 いまではコンピュータやCAD図面などにあまりにも簡単にアクセスできてしまうので、そこから入ってくる情報を鵜呑みにしてしまいがちです。コンピュータが解を導いた過程を知らないことが多いし、自分で考えないといけないものだと認識していない雰囲気もあります。最近だとコンピュータの計算結果をビジュアル化する機能が充実していますし、建築基準法の中で考慮しないといけないことがプログラムの中にあまりにもうまく搭載されています。設計で考慮すべき諸条件のうち、何をどのように考慮して計算しているのか、そういうことを全く考えないことがかなり増えています。このことは、はるか昔、コンピュータで構造計算ができるようになった頃から指摘されていた話ではあるんですけど、ビジュアル化機能で解を分かりやすく見せてくれるから早い段階で考えることを止めてしまうことが多いのかなという気がしています。それがいかに危険なことかを認識してほしいです。

実物へのリアリティは鋼構造の設計には非常に重要なんですね。

松本 コンピュータが出してくれる答えはあくまでもある前提条件が与えられた範囲での答えなので、そもそもの前提条件が実態と乖離していればコンピュータはいくらでも噓をつくんです。実物をイメージして、実際に力を加えたら本当にこんな壊れ方をするのかと疑う姿勢が大切です。コンピュータが設定している前提条件が自分が設計しようとしていることと本当に一致しているのか。そこを意識して見ようとしないとコンピュータに騙されてしまいますね。そのことを日頃から注意しているつもりなのですが、やっぱり実際に使い始めるとその落とし穴にみんなが落ちてしまいます。そこは意識して矯正しなければいけませんね。最終的には、我々は実際に出来上がった建物の状態で回答しないといけないので、それを忘れてはいけないと思います。

それは先ほど話されていた鈍感力とも関係があることですね。

松本 建物を支える地盤のことも、地震や台風のことも、人間はそこまで精緻に把握できているわけではない、それを十分自覚して自然に対して謙虚であらねばならないと思います。ある種の鈍感力が必要だというのも、建物は地球に支えられながら自然界に発生する外力に抵抗しなければならないからです。そのことをちゃんと認識した上で、万が一想定を外れたような力が加わった時に建物はどのように挙動するのかを考えて、十分な鈍感力を与えることによって危険な壊れ方をしない建物を目指すべきだと思っています

Yuka MATSUMOTO
Yuka MATSUMOTO
鉄骨構造、構造性能、耐震性能、 終局挙動。建築都市文化コース教授。主な論文に「現場溶接による梁端混用接合部の構造性能と設計・施工―実験データベースによる検討―」、「SA440材溶接部の破断防止策 ESW破壊応力度と材料靭性」、「Study on the post-buckling fracture and ductility of steel braces」。著書に「鋼構造接合部設計指針 第4版」(共著、日本建築学会、2021)「建築工事標準仕様書 JASS6 鉄骨工事」(共著、日本建築学会、2018)「2015年改訂版 震災建築物の被災度区分判定基準および復旧技術指針[Ⅲ編 鉄骨造建築物]( 共著、日本建築防災協会、2016)」などがある。