IUIピックアップ VOL.13

交差点から都市を考える

インタビュー

田中 伸治[交通工学、交通マネジメント、ITS(高度交通システム)/都市地域社会コース、IGSI教授]

Interview with

Shinji TANAKA

田中伸治先生は専門の交通工学をフィールドに、交通における安全性や円滑性の向上を実現すべく、既存のインフラを最大限に活用した運用マネジメントの研究をされています。今回は2000年以降にアメリカで生まれた「オルタナティブ・インターセクション」(代替交差点)の話題を中心に、国内への導入に向けた具体的な取り組みと課題、さらには交差点が都市にもたらすオルタナティブな視点についてお話を伺いました。
聞き手|藤原徹平[建築家/Y-GSA准教授]+平倉圭[芸術学/Y-GSC准教授]
写真|宮一紀

田中伸治先生の研究内容についてお聞かせください。

田中 私の専門分野は交通工学です。大きな目的としては道路上の交通事故や渋滞を減らすことにありますが、信号の制御を含めた交差点の構造や運用も主要な研究のテーマのひとつになります。また環境面に関して言えば、最近はCO2を減らすための取り組みも行っています。基本的に渋滞が減ればCO2は減るので、そういった観点の研究も増えています。
 交通に関する具体的な話をすると、例えば高速道路に「ボトルネック」と呼ばれる渋滞ポイントがあります。渋滞の原因は需要と容量との関係にあって、需要とはある一定の時間にどれほどの量の車両がその道路を通りたいのかという指標です。一方で容量とは、受け皿である道路側が受け入れられる交通量のことです。この関係によって需要が容量を上回った時に、渋滞が起こります。それを解決するためには、需要を減らすか、容量を増やさなければなりません。需要を減らすためには、一人ひとりの利用者が通行する時間の変更や調整、あるいは別のルートを通ってもらうことで改善していきます。また容量を増やすためには、道路構造の中で不備のある場所に車線を一本増やしたり、交差点で右折レーンを付けることで改善します。一言で言えば交通のマネジメントにあたるのですが、容量を増やすにも当然工事が必要になりますので、それだけお金はたくさんかかりますし、最近は以前のようにたやすく土木工事に着手することもできません。そこで私の研究室では、既存のインフラを活用し小規模な投資でやりくりすることで、必要な要求水準を満たすための研究を行っています。

土木分野における交通工学から運用マネジメントへと興味が向かったのは、どのようなバックグラウンドがご自身にあったからでしょうか。

田中 一般的に幼少期の男児だと、道路を走る車に興味を持つことが多いと思います。ただ、私は子どもの頃は車よりも道路の方に興味を持っていました。幼稚園や小学校で絵を描く時も、私だけ交差点の右折レーンや高速道路にあるインターチェンジの絵を一生懸命描いていたんです。インターチェンジはどの方向にも正確に行けるように、曲線が重なりながら繫がっていますよね。ああいう仕組みを見てすごく興味を持ったんだと思います。車両が交差点を設計通りに走ってくれることや、インターチェンジの曲線がきれいだなと思ったことは、今に繫がるひとつの原点だったのかもしれません。

当時から田中先生が好きだった交差点には、どういったものがあったのでしょうか。

田中 好きだったのは「セパレート式交差点」という矢印信号が付いた交差点です。信号の下に矢印が三方向に付いていて、方向別に矢印が点灯するタイプです。当時はそんなに多くはありませんでしたが、直進と右折とが互いに交わらないようにうまく信号で切り分けながら、それに従って車両が通ってくれるところに面白さを感じていました。

私たちは都市イノベーション全体の学生を対象にした「都市と芸術」という文理融合型の授業科目を担当しています。その授業の中で、田中先生の研究室に所属している都市基盤系の学生が「オルタナティブ・インターセクション」(代替交差点)の概念とそのデザインについて紹介してくれました。私たちや受講する他の学生たちはそのアイディアに強いインスピレーションを与えられたのですが、交差点から都市を捉え直すことは、面白い視点だと思っています。

田中 オルタナティブ・インターセクションは、2000年以降にアメリカで登場した比較的新しい設計方法のことです。最初は私もその形状に興味を持ち、さまざまな調査を行い、あらゆる文献を探しました。特徴としてはハードウェアを適したかたちに整えつつ、信号による交通制御を組み合わせることで目的を実現するというものです。日本においても、車両の量が増えてくると立体交差化を行うケースは見られます。しかし、建設費の関係でそれほど多く実現できるわけではありません。そこで平面交差のままで安全性を上げ、円滑性を向上させるための考えがオルタナティブ・インターセクションの根底にあります。

具体的にはどういったタイプのオルタナティブ・インターセクションがアメリカで導入されているのでしょうか。

田中 まず、交差点制御の基礎に「信号現示」というステップごとにどの方向へ進むのかという流れ図があります(図1)。この図に示したのは典型的な4現示の信号で、2番目と4番目が右折専用(矢印)の点灯時間を示しています。右折専用現示の間は他の方向の車両は進行できず非効率な時間が生じているので、この構造をうまく変えて効率を上げることがオルタナティブ・インターセクションの役割です。

図1 現状の典型的な4現示信号制御
図1 現状の典型的な4現示信号制御

 オルタナティブ・インターセクションの一例として、Uターンを活用した「MUT」(Median U-Turn)があります(図2)。アメリカは右側通行が前提で、日本の右折にあたる左折がネックになります。そこでMUTは左折車両と直進車両との交錯を避けるために、メインとなる交差点上での左折を禁止して、交差点を通り過ぎた先をU ターンしてから右折してもらうという構造です。左折車両にとっては遠回りが必要ですが、その他の直進・右折車両は効率的に走ることができるようになります。安全性にもメリットがあって、右折、左折、直進による交錯点のカウント数も半分以下に減ります。実際にデータを調べると、事故率も低く、円滑性においても左折専用の矢印を示す点灯時間もなくせるので、直進や右折時間の割合を増やすことができます。信号制御の分野では「スプリット」と呼びますが、直進と右折の流れが良くなることで、交差点の通過台数も増えることになります。全体の渋滞も減るので、結果的に左折車も時間のロスもなく進行方向へ向かうことが可能です。

図2 MUT(Median U-Turn)
図2 MUT(Median U-Turn)

 あらかじめ左折車両を対向直進車両の反対側に渡す「CFI」(Continuous Flow Intersection)もユニークなオルタナティブ・インターセクションです(図3)。こちらはメインの交差点での左折を禁止する代わりに、左折車両を交差点の手前で対向車両の反対側へ横断させておくという構造です。例えば東西方向に青が出ている場合、200メートルほど手前の副交差点にもうひとつ信号を付けることで、あらかじめ南北方向から左折したい車両を対向車両の反対側に渡します。その間、対向車両には赤信号が点灯しています。車両が反対側へ渡った後に主交差点で南北方向の青信号が点灯する時間になると、直進だけでなく反対側に渡った車両も同時に左折することができます。つまりCFIによって、直進、右折、左折のどの方向にも同時に発進できるわけです。一方で南北方向に青信号が点灯している間も、東西方向の左折車両をあらかじめ対向車両とは反対側へ横断させることで、メインの交差点で生じる無駄な時間を極力減らすことができるようになります。

図3 CFI(Continuous Flow Intersection)
図3 CFI(Continuous Flow Intersection)

 その他の例としては「DDI」(Diverging Diamond Interchange)があります(図4)。主にDDIは、高速道路から降りた後の車両が一般道と交差する場所で使われています。日本においても立体交差化した道路の高架下に、アルファベットの「H」を模した交差点ができるかと思います。渋滞などで列が伸びると右折車両同士が嚙み合って動けない状態になってしまいますが、DDIはそれを避けるための構造です。例えば、高速道路から降りてきた車両が右折(あるいは左折)する場合、交差する道路上で直進車線を二度反転させます。そのことで高速道路から降りてきた車両は、どちらの方向に曲がる時も他の右折車両や左折車両の交通を横切らずに進めることになります。直進する車両のみ交差点上で対向直進を二度横切ることになりますが、その他に右折や左折を行う車両は対向車両を横切らずに流入や流出することができます。安全性の観点からも交錯の数が減らせますし、初めて見た時はこういう考え方があるのかと非常に感心しました。

図4 DDI(Diverging Diamond Interchange)
図4 DDI(Diverging Diamond Interchange)

 ちなみに日本においても、ケーススタディとして仙台駅(宮城県仙台市)の東にある六丁の目という大きな交差点をモデルにCFIのシミュレーションを行ったことがあります(図5)。CG技術によってCFI化した六丁の目交差点を制作し、ドライビングシミュレーター実験により迷わず走ることができるのかを被験者に走行してもらいました。同じく仙台駅周辺の山崎交差点では、DDIの交差点を走行してもらい、これらの結果からドライバーの受容性を評価しました。また交通シミュレーションも行い、遅延時間の減少を評価する円滑性指標を算出しました。交通量の増加とともに安全性・円滑性を求めていく上で、これまでだと立体交差化を行うことが多かったわけですが、その手前で平面交差のまま改善できる場所や柔軟に対応できる場所がまだあるのではないかと思い、対策の選択肢を増やすという観点で研究を進めているところです。

図5 仙台周辺のケーススタディ(六丁目の交差点)
図5 仙台周辺のケーススタディ(六丁目の交差点)

交通制度というものは、言わば無意識に従うことで安全が担保されるものだと思います。しかし一方で無意識に身体化されているからこそ、オルタナティブ・インターセクションのような別のアイディアを生み出しにくくなってしまっているのではないかとも思います。

田中 これまで無意識に当たり前だと思っていたものから、発想の転換を通して新たな視点を発見することは十分にあります。とくにアメリカは、発想の転換を元に実践したくなるという人間の好奇心が、そのまま社会の姿に反映されていると思います。日本で言うところの国交省や道路局の方にお話を伺った際も、「まずはやってみよう」という交通への積極性を強く感じました。なかでも実調査を行ったユタ州は開拓の歴史が古い州なので、道路に関してもそういったチャレンジ精神が早くから培われているようです。ただし、基本的に交通整備は州単位で導入されているので、州によっては偏りがあります。積極的に導入されている州もあれば、ほとんど導入されていない州もあります。

日本の場合は都道府県ごとに偏りがあるのでしょうか。

田中 多少はあるかもしれません。ただ、本省から全国へ向けて一斉に通達されることが基本なので、アメリカほど多様にはなりにくいのかもしれません。また日本の場合、道路の構造やハードウェアを整備するのが国交省で、その上の信号機をコントロールしているのが警察庁です。アメリカの場合は州ごとに道路局が道路構造から信号制御までを包括的に管理していることからも、日本とアメリカでは組織上の違いがあります。オルタナティブ・インターセクションは道路構造と信号制御の組み合わせによってうまく運用されていくものなので、日本での実現はなかなかハードルが高いことなのかもしれません。

課題に対する提言や発信する機運は、日本の中でも高まりつつあるのでしょうか。

田中 役所の中には、技術者に対して一定の理解を示してくれる方はいらっしゃると思います。国交省にも道路構造の技術者がいらっしゃいますし、警察庁には信号専門の技術者もいらっしゃいます。こちらから多くのメリットを示すことで、実現に至ったケースは多いです。ただ、組織対組織になると技術者だけの話では済みません。組織上の色々な協議や制約によって、議論が進まないことはよく起こります。そこで私が所属する「交通工学研究会」では、国交省の道路管理者や、警察庁の交通管理者の方々との意見交換の場を設けています。地道ではありますが、そういった場で少しずつ新たな交差点の制御方式に関する議論を行っています。実際に「ラウンドアバウト(環状交差点)」(図6)が導入された時は、国交省や警察庁の方にも交通工学研究会の議論に加わっていただき、欧米の事例を参考にさまざまなメリットを提示しました。最終的には平成25年の道路交通法の改正で環状交差点として法律に位置付けられ、日本での導入の機運にも繫がっています。国内においても確実に増えてはきていて、神奈川では県内の三箇所にラウンドアバウトが導入されています。

図6 ラウンドアバウト(北九州市八幡東区尾倉ロータリー)
図6 ラウンドアバウト(北九州市八幡東区尾倉ロータリー)

人間の身体に法則や秩序、規範をもたらすという意味において、交差点とはダンスの場であり、ダンスを導く「振付」ではないかと考えています。私たちの授業では、篠田千明さんというアーティストとともに、交差点を渡る人々の身振りからパフォーマンス作品を作ったことがあります[『洞窟をたてる』(2018年)](図7)。学生たちにはまず街中の交差点を渡る人々を観察してもらいました。その後色々なスタイルで渡っていく人々の姿を再演してもらったところ、不思議なことにダンスを踊っているように見えてくる(笑)。これまでに何万回と交差点を渡っている中で無意識化された身体のあり方を、目の前で改めて見せられることで、運動の喜びや人間の新たな動き方を見つけた時と同じような深い感動を覚えました。芸術の観点からも、交差点には自由な発想や視点をもたらすところがあるのではないかと思っています。

図7 篠田千明さんとの交差点パフォーマンス作品(IUI展2017-2018)
図7 篠田千明さんとの交差点パフォーマンス作品(IUI展2017-2018)

田中 交差点を渡る人々の光景をイメージすると、信号を見ているかと思いきや、あまり見ていなかったりしますよね。また一目散に渡る人もいれば、携帯を見ながら渡る人もいます。車だとあまり差はないですが、人間には交差点を渡る時の癖がかなりあることに気付かされます。周りが動き出したからそれに合わせて歩き始めるように、無意識な感覚の下で交差点を渡る人々もいたのではないかと思います。

人間性そのものが凝縮された、イノベーティブな瞬間だと思います。つまり人間が何万年という歴史の中で獲得してきたひとつの振る舞いであり、社会のダンスであり、芸術でもあります。交差点は、人間個人の振る舞いと社会の集団的振る舞いが交差する場所でもあるという点で、都市と芸術を考える上での重要なハブだと思います。

田中 都市の多くは、道と道とが交わった場所に人々が交流することで生まれてきたものだと思います。おっしゃる通り、交差点にはそういった都市の根源や芸術の可能性をどこかに秘めているのかもしれません。これまで交通工学の視点でしか交差点を見てこなかったこともあり、お話を聞いてさらに面白いものだと感じました。

Shinji TANAKA
Shinji TANAKA
1974生まれ。交通工学、交通マネジメント、ITS(高度交通システム)。都市地域社会コース、IGSI教授。主な論文に「UAV を用いた実測に基づく多様な平面交差点制御方式の評価」「都市高速道路織り込み区間における車両分散制御の効果に関する研究」「A PROPOSAL OF A REAL-TIME DEMAND RESPONSIVE SIGNAL CONTROL ALGORITHM FOR DISPLACED LEFT-TURN INTERSECTIONS CORRIDOR IN DEVELOPING COUNTRIES」などがある。