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IUIピックアップ Vol.8

時代に対応できる都市づくり
前川 宏一[コンクリート工学、耐久性力学、維持管理工学/都市地域社会コース教授]インタビュー

Interview with Koichi MAEKAWA

聞き手=藤原徹平/写真=宮一紀(ポートレート)

前川宏一先生は素材と構造の両面からコンクリートの材料開発や維持管理などの研究をされています。コンクリートの寿命は、非常に長いものだと考えられています。長く維持するためにはどのようなことが研究されているのでしょうか。時間を経てコンクリートはどのような変化をしているのでしょうか。外側から見ているのではわからないことがそこでは起こっています。また、これからのインフラはその時代時代に合わせた柔軟な姿が必要だともいいます。

最初に前川先生の研究テーマについて教えてください。

前川 私はこれまで、コンクリートの材料開発や施工、設計解析、維持管理などに関わってきました。土木インフラでは、構造物の長期耐久性が重要なポイントになります。構造物を構成している物質や素材がどう変わっていくか。当然、構造物の性能もまた変わります。それらが変化していく様を予測する必要があります。また、供用時に過剰なひび割れが発生したり、地震などで構造物が損傷を受けると、今度は構成素材にも長期に及ぶ変化をもたらします。相互依存の関係にあります。物質/素材と構造、これら寸法の大きく異なる対象の知識をうまく使って、機能や安全性が時代とともに変化していく姿を理解し、将来の管理や計画に使えるようにしていく。そういった研究をしています。

土木の分野において、そういった研究というのはいつ頃からされるようになったんでしょうか。

前川 機械、電気、化学などの分野で、マルチスケールやマルチフィジクスといった考えが出てきたのが1990年頃だったと思います。いろんな知識と学術をつなげて新たな価値を創ろう、という動きが起きてきました。機械の分野では、素材から部品を製作し、最終製品にまで組み上げてきました。現在では素材を製品の中につくりこむことも可能になりました。冷却器の微細管路の流体も大河川の洪水流も、基本原理は機械も土木も共通ですね。そうした知識は、人体の血管と血流に関わる知識とも重なってきています。細胞などミクロな世界と、私たちが見ているマクロの世界も、つなげていくと見えるものが変わってくる、そんな研究がこの時期から世界各地で起こり始めたように思います。

前川先生が、素材と構造ふたつの研究をはじめるきっかけは何だったのでしょうか。

前川 私のごく初期の研究論文を受け取ってくれたのはアメリカ機械学会でした。当時、日本の学界からは、そもそも私の研究は土木に相応しくない、との評価でした。そのころ、恩師の指導のもと、高流動コンクリートの開発(当時、締固め不要と呼称)を始めました。1988年に開発に成功しました。それを使って構造部材の実験をすると、それまでのコンクリートと強度も比重も殆ど同じにもかかわらず、構造挙動が違うのです。今でもコンクリートの特性を10cm程度の大きさの試験体を使って記述するのが普通です。しかし、ミクロなセメント硬化体の幾つかの特性が、マクロな構造物に大きく影響を及ぼしていることがわかりました。最大のポイントは水です。大小異なる微細空隙が連なって水を蓄えているので、見かけの強度が同じでも水の蓄え具合が違ったりします。土木構造物の多くは寸法が大きいため、自然環境と平衡に至るまでに時間がかかります。水は長期にわたって構造物の振る舞いに影響を及ぼすのです。一度行った実験を同じコンクリートで三年後に追試したら、構造応答が違ってきました。学生時代には100年後を見据えてしっかりやれ、と言われましたが、果たしてこれで未来に責任を果たせるか、と思いました。これがひとつのきっかけになっています。

大きな構造物にとても小さな水が影響しているというのは面白いですね。

前川 教科書を見れば、コンクリートは水に影響される、としっかり書いてあります。ただし、これらは物質と構成素材の寸法の知識であって、数百メートルに及ぶ構造物にまでどう影響を与えるかが、十分に分かっていなかった。十数年ぐらい前から漸く、物質--素材--構造までの知識が繋がるようになってきました。
 若い時分から建築の先生方と交流して、耐震構造のことを学ばせて頂きました。建築構造では、実部材で構造応答を実験的に再現することが可能です。これは正解です。しかし、土木構造は実験室に入りきれない。縮小模型では、現実の構造を代表できない場合が少なくありません。100メートルを超える大橋梁だと、コンクリート中の水の状態が自然環境と平衡するのに、約120年かかります。中は湿潤、表面に近いところは乾いてくるわけで、その芯まで環境条件とバランスするのに時間がかかります。建設後、数年ぐらいは計算通りに挙動していても、10年、20年と経過すると様子が変わってきます。実験室でその瞬間の耐震性や機能性を垣間見ることができても、それが生涯にわたって同じ、とは言えないのですね。

そうした研究が明らかになるにつれて、構造物の設計の仕方も変わってきたりするんでしょうか。

前川 現在の技術レベルを基に、従前の設計法の見直しと耐久設計の新しい枠組みの構築が、学会などで進められています。将来の変化を見越して、建設段階で先手を打つこともできますね。橋桁のたわみの増加を見越して、上げ越しておくことなどは、従前から行われてきました。設計上の限界状態を越えたとしても取り換えが容易な設計も、長期の品質保証を考えて、緒についてきたと思います。安全性は万事大事です。社会に供する資本としての使い勝手も、次に大事です。


自己充填コンクリート開発公開実験(最右端:前川/1988年)

日本でコンクリートで本格的に都市がつくられてきてからどれくらいになりますか。

前川 関東大震災以降の100年でしょうか。量からみれば、戦後に建設されたものが多数ですから、約半世紀。漸くインフラも自然の一部の仲間入りという感じがします。ただ、そこでおしまいではないですよね。世界の大都市は昔の恩恵を残しつつ、ゆっくりと新陳代謝しています。東京も横浜も戦後からの数十年を経て、更新再生のステージに入りはじめたと思います。大都市を一旦、更地に戻して再生するわけにはいきせん。現有資産をうまく生かしつつ、更新する方向に技術とマネジメントは向かっていくと考えます。

都市の財産をどう更新していくのかがこれからの都市基盤において大きなテーマになりますね。

前川 資金も資材も潤沢ではありません。都市の中にあるものの有効利用が鍵ですね。建設資材の再利用の研究が進んでいます。新築や改築、解体に伴って廃材が出てきますから、それを素材として使えるといいですね。コンクリートの体積の7、8割は自然由来の砂と砂利ですから、少量の固結材を追加して再利用が可能です。とはいえ、再生材と新規材料を同じ土俵で扱っては、リサイクルの輪は回りません。品質管理と保証の仕組みを、社会のシステムとして取り入れるための合意形成とルールづくりが最重要です。北欧の大都市では新規の建設資材の約八割が市中から調達されるそうです。市外から持ってきているのはセメント、混和剤など僅かで、解体された古い建物の廃材が再生に回ります。都市レベルでの再生更新で炭酸ガスの排出が抑えられることが背景にあります。資材のリサイクル研究も、まだまだ発展の余地が残されています。地道に継続すべき課題のひとつですね。

では、コンクリートの寿命を伸ばすにはどのような方法がとられているのでしょうか。

前川 基本的に高性能の材料で長寿命化は達成できると思います。既存のインフラの構成材料を入れ替えるのは難しいですが、一部を取り替えることで長寿命化、延命化はできます。交通を一部止めて足場を組んで都市施設を更新する際には、一緒に周辺の基盤施設の修繕や補強を施すことは有効ですね。
 現在も重量車両を通している古代ローマ時代に架けられた橋梁も現存します。無機系材料自体は、一般的な環境では千年単位で長持ちです。ところが一部の構造物でかなり悪くなっているものがあります。1950年初頭から1964年のオリンピックに至る高度経済成長期に整備されたものに、設計、施工、品質上の問題が多い。この期間で建築資材は50倍近く増えましたが、エンジニアの数は2倍弱増えただけでした。一人一日24時間は今も昔も同じです。整備システムを根幹から変革しなければ、結果は推してしかるべきでしょう。よって、長寿命化のターゲットは明確です。しかし、量が圧倒的に多い。
 東京メトロ銀座線で一番古い区間である浅草--上野間の営業開始が1927年で、100年近く経っていますけど、現在も基本的に健全です。ところが、銀座線にも僅かですが品質がとても悪い区間があります。そこを建設したのが大正天皇崩御のときで、大喪の礼の準備の一週間で無理矢理、急がされて建設したところだそうです。この例にもある通り、コンクリート構造は生まれた瞬間から1月程度の間でどう過ごすかによって、千年の命を持つか、たかだか数十年の命で終わるかが決まってしまう。
 エネルギーを掛ければかけるほどに長寿命化が可能にはなるのですが、このロジックでの品質管理は今も昔も大変です。人間の本性に逆らい、現場に努力を強いるからです。そこで、何も手を加えない、努力しないことで最高の品質が達成されるコンクリートを創ることを30年前に、皆でトライしたわけです。ただ、“締固め不要”の命名が不味かった。努力を惜しんで低品質なもので良しとする、と誤解されてしまった。現場で楽することで最高品質が得られる、というのは当時の土木では、にわかには理解されなかった。若気の至りで“それでは皆さん、努力してきたのか“と反論したので、当時の産業界を敵に回すはめになり、恩師も私たちもボコボコにされました。今は昔の懐かしい……思い出です。


(左)2000年にわたって海中(ナポリ)に没していたローマコンクリート(土木学会コンクリート委員会)
(右)今日のコンクリート

どこのコンクリートが悪くなっているという情報は知りたいですよね。人間ドックのような都市の健康状態を把握していく方法などはあるのでしょうか。

前川 道路や鉄道管理者、電気、ガスなどのエネルギー事業者では、保全の組織と専門家があり、健康診断に必要なカルテに相当する情報を持っています。しかし、情報は相互に共有されていないので、社会共通の財産とビッグデータにまではなっていません。また、建物にはみな固定資産税が掛けられています。築何年、建築構造や様式、床面積といった情報は電子化されています。つまり、都市の健康診断に資する資産情報は既に存在しています。しかし、これらは個人と公共の資産の情報ですから、法制度の問題をいくつか超えなければいけない。セキュリティという観点で見れば、誰でもアクセス可能というわけにはいかないでしょう。
 複数のセクター同士が、協定のもとで情報を共有することは有り得ます。東京電力と韓国電力公社は、送変電インフラのデータと管理用の在庫データを共有していました。設計と管理の基準も整合させていたと聞きました。鉄塔が強風や地震で倒れたときに、早期復旧が求められます。ここで重要になってくるのが資材の調達です。100万ボルト級送電鉄塔であれば、鋼材の納入には3カ月かかります。危機の時には資材の在庫がどこにあるかが大事になります。東京電力は韓国の在庫状況を知り、韓国側も東京電力の在庫状況を知ることで、何かあったときには、お互いに在庫を工面できます。実際、2004年に戦後最大と言われた台風で、主要幹線上の70メートル級鉄塔7基が倒れました。被災直後にもかかわらず、早くも釜山港から資材が日本に発送されて僅か10日で復旧し、冬場の電力ピークを乗り越えました。政治家はともかくとして、国を超えて技術屋はつながっている。ひとつのリスク共生です。情報共有で都市全体の健康診断、カルテがあるということは、これからの都市の再生を考えていくうえで必須ですね。

街中でひび割れたコンクリートの壁など見ることがありますが、ああいった状態になるとだいぶ悪くなっているんでしょうか。

前川 困ったことに、見た目は酷いのに、むしろ耐力などの構造性能が向上している場合もあるのです。アルカリ骨材反応という損傷形態があります。コンクリート中の砂利や砂が高いアルカリ環境で反応、膨張する現象で、多くのひび割れが発生し悲惨な姿を晒します。しかし、橋梁の床版などでは、疲労寿命が数十倍も伸びるのです。鉄筋が骨材の膨張を拘束するため、かえって構造は強化されます。複雑に入ったひび割れが相互に干渉する結果、耐震性能も向上することが知られています。放置すると鉄筋が錆びてしまうので防水は必要ですが、構造に手をいれる補修補強とでは、コストが全然違います。
 上越新幹線の越後湯沢駅でも、冬季の融雪のために温水を掛け続け、軌道スラブ等にアルカリ骨材反応を誘発しました。損傷部分を一部切り出して残存疲労寿命が実験で確認されました。無傷の新品は数十万回で疲労破壊したのに対して、アルカリ骨材反応で見た目の悪い実部材は何時まで経っても壊れず、試験機が疲労破壊しそうになって試験は中止されました。補修の必要はなくなりました。この判断を誤っていたら、大変な社会コストを払うはめになったでしょう。

劣化しているように見えて、かえって耐力がついているということもあるんですね。

前川 条件にもよりますが、構成エレメントが傷んだ結果、システムが強化されたということは起こり得ます。面白いことに、半世紀前の古い設計の構造だと、鉄筋が錆びることでかえって構造耐力が向上することもあります。鉄筋が錆びると、膨れ上がって周りのコンクリートにひび割れを起こします。鉄筋とコンクリートの一体性に変化が起き、壊れ方が都合よく変わる場合もあるのです。地盤の不等沈下によって、JR大阪駅の鉄道高架構造の鉄筋は降伏してしまいました。でもその結果、疲労寿命は地盤沈下の損傷を受けない状態と比較して、格段に延長されました。鋼材降伏によって、応力の振れ幅が小さくなったためです。一見、毒に見えたものも実は薬ということです。
 1+1=2の世界とは異なり、非線形の世界を理解する必要があるのです。そのために実験と解析を使います。こうした側面もあるので、物質素材と構造の知識を分離独立にしてはいけない。横のつながりを強化して都市を更新再生し、次の時代に繋ぐことが大事です。医療における総合診断医に共通するところがありますね。

土木の分野においても、昔と現在では求められることが変わってきたということでしょうか。

前川 パフォーマンスが長続きするのが良し、と言われてきました。耐久性が重要であることに異論は有りません。しかし頑迷に言い過ぎることの弊害も感じます。社会基盤としても資産に対する要求は、100年のスパンで変わってきます。時間のスケールは違っていても、建築におけるコンバージョンや組み替え、住み替えと同様に、都市基盤にも更新再生は当然起こってきます。1899年竣工の東海道線新橋--東京間の橋梁は、現在も6線を支えていますが、数十年前の東京都市化の影響で、竣工当時の構造の半分は現在、地中に埋まっています。当時のアーチの桁下は今、商業施設などに使われています。社会の変化とともにその都度都市は再生を繰り返してきました。躯体の物理的な耐久性だけでなく、都市を支える機能が柔軟に引き継がれていくことも、広義の耐久性というべきですね。
 横浜国立大学先端科学高等研究院(現:城西大学学長)の藤野陽三先生が、ギュスターヴ・エッフェルの設計について、面白いことを仰っていたように記憶しています。エッフェルの設計は、後々部材を付け足したり抜くことができるように考えていたのではないかと。彼はエッフェル塔の設計で有名ですが、鋼橋の設計にも大きな足跡を残しています。当初設計では馬車が通る橋でしたが、後に鉄道が通るようになり、そして道路が加わった。姿形も変えながら、100年たっても社会のニーズに応えている。世紀を超える耐久性に優れたインフラといえましょう。現在と同じ姿のままで、100年生き延びるのを良しとはしない。もっと速い速度で社会や世界は変わるのですから、柔軟に求められる役割に対応できる都市インフラを考えたいですね。

それがこれからの時代の大きなテーマになるということでしょうか。

前川 横浜の近くでいうと、首都高速道路は当初、トレーラー荷重を20トンに設定していましたが、EU統合によって荷重が増えました。EUで走るトレーラーのコンテナは横浜港に荷揚げされて、湾岸線を通り各地に配送されるからです。そのために日本のインフラに補強が施されました。川崎と横浜の間にある扇島の世界最大級のLNG基地の設計は、世界のエネルギー需要の変化、船舶の高度化と港湾施設の変化などとも連動して変化を遂げてきました。世界と繋がっているのです。首都圏の信じがたい拡大に対して、交通システムが対応してきた経緯をみると、目を見張る思いです。東北大震災では、津波で被災した残骸で交通路を確保するという離れ業で、緊急復旧のルートを確保しました。豊かな発想と実行力を求める高度な応用問題と言えます。土木は古くて新しいといわれるのは、それが奉仕する社会も変化するからです。課題に事欠かない理由がここにあります。

Fukuo Takumi

Koichi MAEKAWA
1957年生まれ。コンクリート工学、耐久性力学、維持管理工学。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授。主な著書に『ハイパフォーマンスコンクリート』(共著、技報堂出版、1993)、『鉄筋コンクリートの非線形解析と構成則』(共著、技報堂出版、1991)、『Multiscale Modeling of Structural Concrete』(共著、Taylor & Francis、2008)、『Nonlinear Mechanics of Reinforced Concrete』(共著、CRC Press、2004)、『Modeling of Concrete Performance』(共著、Spon Press、1999)などがある。