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IUIピックアップ Vol.5

環境と建築
妹島 和世[建築家/Y-GSA教授]インタビュー

Interview with Kazuyo SEJIMA

聞き手=藤原徹平/写真=鈴木淳哉(ポートレート)

本年度(YEARBOOK2017/2018掲載時)より、Y-GSAに妹島和世さんが着任されました。Y-GSAの印象、また以前から取り組まれている犬島のプロジェクトや環境と建築の問題など話を伺いました。

最初に、Y-GSAに着任していただいた動機についてお聞きできればと思います。Y-GSAのどういったところに興味を持っていただけたのでしょうか?

妹島 日本でスタジオ制をとっているところがあまりないということもありましたし、Y-GSAの発足当初から西沢(立衛)君を通してなんとなくおもしろそうな雰囲気を感じていました。日本では他で行われていない、新しいことにチャレンジしているという印象でした。北山恒さんが構想され、山本理顕さんたちがよりひろげて、今度は小嶋一浩さんの代になり、そこでこれまでとはまた違った骨太さが出てきておもしろそうだなと思っていた矢先に小嶋さんが亡くなられて……。今回、このお話をいただいたときに、もっと若い人がやるほうがいいんじゃないかという思いもありましたが、突然のことだったので、だれか中継ぎみたいな人が必要なのかと思い、私にできることもあるんじゃないかなということでお引き受けしました。自分もそういう年齢になってますし、やれることはやりたいという気持ちです。いま世界のいろんな国に行くと、各地で様々なことが起こっているんですが、それに比べると日本の元気さがどうも内向きのものになっているような気がします。そうした中で、もし私が役に立つとすれば、もっと外に対してつながったり発信したりするところを見せられることではないかと思っています。
 私は伊東豊雄さんのところに勤めていたときに、伊東さんが活動の領域をどんどん広げていかれる様子を横で見ることができました。伊東さんはすでに日本ではすごく有名でしたが、磯崎新さんに声をかけられてニューヨークに行かれたりと、だんだんと日本の外へと活動を広げられていくところでした。それをすぐとなりで見ていたのは今になってみればとても勉強になったと思います。そうやって自分の活動の領域が広がっていくことが自然なことに見えて、不可能だと無意識に思ってしまわずに頑張っていればそういうこともありうるんだ、と思えました。それからY-GSAは生徒だけではなく、先生と生徒が一丸となって建築の可能性に賭けているのもすごいことだなと思っています。自分としてもフレッシュなかたちで考えたり、何かを教えてもらったりするきっかけになるだろうと思います。

先日Y-GSAのパーティでお話しいただいたときに、少し日本の若手建築家の「内向きさ」について、気になっているとおっしゃっていましたが、やはり気になりますか?

妹島 そうですね。今までと全く違った何かが出てきてもいいんじゃないかと思うんです。どうも微妙な快適さ、いい感じというものに留まっているように思えてしまう。「内向き」という言葉は適当ではないかもしれないですが、微妙な大きさの地域で考えるよりもっと世界とかそういうスケールに広げていくことはできないんだろうかという気がしてしまうんですね。

Y-GSAで行われている妹島スタジオの「犬島をつくる」という取組みがとてもおもしろいと思いました。まず犬島という人口がどんどん減っている瀬戸内海の島で、一体建築が何ができるかという難しいテーマであることもおもしろいし、妹島さん自身がライフワーク的に犬島に関わっていることも重なっていて、学生は考えさせられたのではないかと思いました。また驚いたのは、後期のスタジオでも同じ犬島なんだけど、前期のスタジオで学生・鈴木菜摘さんが出した「犬島に蔵のアーカイヴをつくる」という提案が、そのまま「犬島にアーカイヴをつくる」というように後期のスタジオテーマに取り込まれていって、なんだかいままでのY-GSAにない不思議な展開がありました。

妹島 この課題は何かの問題を解決するというものではないので難しいんですね。一体何をあそこで考えられるかというような課題で、私も一緒に考えたいと思っています。
 鈴木さんはアーカイブということを考えました。アーカイブというとそれでは資料館を設計しようなどと進んでしまうかもしれませんが、彼女はそこから蔵ということを思いついた。それがすごく面白いと思いました。というか、あのような小さな島で、30人弱しか住人がいないというような状況で島をどうしたらいいかというとき、住人が自分たちで島の歴史に関わっていく、というのは、素晴らしいアイデアだと思いました。蔵と呼ぶ棚みたいなものをそれぞれが庭に並べて、そこにおもいおもいに、住人たちが自分の大切なものを並べていく。見せるときは扉を開いて自分で説明して、見せたくないときは扉を閉じるんです。

妹島さんには学部1年生向けに「環境と建築」というタイトルのレクチャーをやっていただきました。お聞きしたら、内容を変えつつこのタイトルをずっと継続されているということで、妹島さんにとって重要なキーワードなのだろうと思いました。どういう想いがあるのでしょうか。

妹島 最初はインテリアとエクステリアをつなげたいというところから始まったんです。ガラスを多用するということではなく、もっと構造のレベルで、内と外が連続するようなものをつくれないかと思っていました。なんとなく中でやってることが街や周りにつながってゆくような、そんな建築がつくりたいというのが発端でした。それを実現するために、じゃあバッファゾーンがあったらいいかとか、軒先があったらいいかとか、全体の輪郭を弱めるために小さい部屋をたくさんつくったらどうかとか、いろいろ試したんですが、最終的には内の論理が強くなったり、外の論理が強くなったりして、両方で決まったというものはなかなか難しい。最近はもうちょっと複雑になってきています。よくできているかどうかは別にして、「小平市立図書館・公民館」や「すみだ北斎美術館」は、構造が不明解というか、単体的ではないものになっています。以前は構造が一個スパッときれいにとれちゃうと 、どうしても全体性が強くなっていた気がしていたので、全体性もあるし部分は部分ですごく強く表れてくるというものもできないかなと、考えたのです。建築の全体性を弱くしていくとでもいうんでしょうか。「ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート」の頃はプログラムが箱みたいになっていましたけど、プログラムを箱にするというよりも、もっと内外がつながるようなプログラムもありうるのではないか、建築構成としても抽象的・ダイアグラム的というよりももっと具体的なものにもしたい。そうすると複雑になって、複雑になるとお金がかかって、いまの世の中であまり受け入れられる方向ではなくなって行くのがつらいのですが。

「環境と建築」というのは、内部と外部をどうやってつなげていくかという経験の問題なんでしょうか。

妹島 関係性がかたちになったような建築を作ろうとしているのです。中はこう、外はこう、と分けて考えるのではなくて、人の流れや動き、関係というものに合った建築が自然にできるのではないかと。
 大きさと用途によって、どのくらいの複雑さとシンプルさを持っているのかが、私は重要だと思っています。一度来ただけでは全くわからないけど、ある大きさの中で何回か来てみたらだんだんわかってくる。そういう建築がいいんじゃないかと思うんです。来た人が好きなように組み立てられるというか。アイディアが強いと1回でわかってしまうので、何回も来ないとわからないけど何回か来れば全てわかって自分のもののように感じられるものが。

先ほど妹島さんがおっしゃったのは、今の日本の、こういう時代だからこそ考えられることにもっとみんなこだわるべきだということに繋がるでしょうか。

妹島 そういうことかもしれないですね。
 この間、犬島にもう少し人が訪れないかと思ってツアーを実験的に作りました。交通が整備されているので、みんな直島と豊島には行くんですよ。だけど、犬島はフェリーがなくて、行きづらい。外国から直島に来たお客さんの中には、三泊四泊してるうちに最終的に飽きちゃう人もいるって聞いたんです。だから直島のホテルにチラシを出して、たとえば直島が閉まっている月曜日は犬島へのツアーがあるのもいいんじゃないかと。そして犬島を見て、島を作るアクティヴィティに参加してもらって帰る、という。これからだんだん口コミで広がればいいなと思ってます。
 いろいろなところで今、島という言葉を聞きます 。そこには同時性のようなものがあるような気がします。近代化ということでやってきた自分たちの生活とは違った、非常に現代的な別の側面がどのようにありうるかということを考えています。島をどうやって使っていくか、きれいなものは残ってるけど人は居なくなっていってる状況をどうするか。それは単に狭い地域に留まる問題ではないような気がします。様々な気候変動が世界各地で問題になっていますが、私たちが日本という地域で問題にしていることの多くは、世界の問題とつながっているような気がしています。そもそも「問題」という考え方自体が人間サイドの決めつけに過ぎないかもしれないですけど。
 いまのエネルギー問題というのは北ヨーロッパの論理だと私は思っていて、アジアの省エネルギーのあり方はそれとは別の論理で作ることができるはずではないかと思っています。高密度高断熱なんていうやり方では、結局ものすごくエネルギーを消費してしまうわけです。でももっとルーズな関係でも快適に過ごせる方法をアジアの側から発信することは可能だと思うんです。ある論理でちゃんと作られているものを北ヨーロッパの人自身が崩すのは難しいんでしょうけど、アジアには別の論理の構築ができるのではないかと思うんです。

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(左)Inujima Life Garden © Kazuyo Sejima & Associate
(右)Inujima Art House Project/ C-House © Kazuyo Sejima & Associates

もしかしたら、アジアの環境から考えられる循環的なエンジニアリング、思考方法があり得るのじゃないかということですよね。

妹島 私たちがヨーロッパで仕事をし始めた90年代、ヨーロッパでレクチャーをするときに、当時私はよく「open」という単語を使っていたのですが、ヨーロッパでは全然意味が通じませんでした。日本では80年代に、多木浩二さんを中心として伊東豊雄さん、坂本一成さんがいかに建築を開くかという議論をしていて、建築を社会に向けて開くという意識はむしろ日本では共有されていました。しかしその延長でヨーロッパで「open」と言っても、全く伝わらなかった記憶があります。でもいまではヨーロッパの人も当たり前に「open」とかそういう表現をしますから、あれは日本から広まったんだと思います。当時私たちがヨーロッパに呼ばれたのも、単に異文化への興味というくらいのことだったんじゃないでしょうか。でも、いまはもうちょっと共通の問題に向かっている感じが、かつてよりも感じます。ファッションでも、たとえばコム・デ・ギャルソンの川久保玲さんのような人がいて、ヨーロッパで正統的な服飾を学んだ人が同時に川久保さんのことを学んで、すごい力を発揮しています。建築の中でもだんだんそういうことは起こってくるのかなと思います。

洋服ならば、みんなすごく身体感覚で選んでますよね。

妹島 もし彼らが自分自身のファッションとか暮らし方などに使うセンスを街に使ったらすごくいい街が生まれると思うんですけどね。東京の建築は、ゼネコン主導というか、カタログ的な建築ばかりがたちますが、若い人たちの身体感覚がもっと出て来たら、街を変えることだってできるんじゃないでしょうか。

はじめの「内向き」の話ではないですが、もっと外に開かれるための、世界とつながるための視点がこれからより必要になってくる気がします。建築がたんなる日々の楽しさ、快適さとは違った次元とどう関係をもっていけるのか。若い学生たちはそうしたことにどうやったら気づけるのでしょうか。

妹島 地域社会の問題とか、東京という大都市の問題とか、日本固有の問題というのがいっぱいあって、でも私はそれらすべて、世界の問題でもあるように感じています。いろいろな文化で育って来たひとびとと議論しあったり、影響しあったりすることで、また外国の地域で起きている問題をみなで考えたりすることで、いろんなことが変わっていくし、そういうやりとりが発展していけば、東京や地方都市の問題も、もっと変わっていくように思うのです。その意味でも若い人々には、地方と世界の両方に飛び込むような勢いでやってもらえると素晴らしいな、と思います。

Sejima Kazuyp

Kazuyo SEJIMA
1956年生まれ。建築家。横浜国立大学都市イノベーション研究院Y-GSA教授。1987年妹島和世建築設計事務所設立。1995年西沢立衛とともにSANAAを設立。2010年第12回ベネチアビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務める。日本建築学会賞、ベネチアビエンナーレ国際建築展金獅子賞、プリツカー賞、芸術文化勲章オフィシエ、紫綬褒章などを受賞。現在、、ミラノ工科大学教授、ウィーン国立応用芸術大学教授、日本女子大学客員教授。