IUIピックアップ VOL.23

海岸空間と人間の身体性 −波の音からはじまる新たな空間のヴィジョン−

インタビュー

鈴木 崇之[海岸工学/都市地域社会コース、IGSI教授]

Interview with

Takayuki SUZUKI

海岸工学を専門とする鈴木崇之准教授の研究テーマは、海岸空間における「波の音」とそれを聞く人間の「身体性」を結びつける新しい試みだ。海岸一帯に響き渡る音を耳にしたとき、人はそれをどう感じるのか。今回、「身体と空間」をめぐる問題系を深めるために、工学的な空間の計算と構築から、人間の身体へと広がっていくこの特異な研究について、お話を伺った。
聞き手|藤原徹平
写真|白浜哲(ポートレート)

まず、鈴木先生がご専門とされている海岸工学とはどのような研究分野なんでしょうか。

鈴木 海岸工学は海の研究ということになりますが、土木工学のなかに区分されていて、研究の多くは比較的水深の浅い、20メートル程度までの領域が対象となります。水深が深いところの領域ですと海洋工学が主になると思います。陸側のほうでは、場所にもよりますが波が到達する位置よりも100メートルくらいまでのところが対象範囲になります。もともと私は波と砂移動の関係について研究をしていて、波が砕けることによって砂がどれくらい浮遊し、どのくらい移動し地形がどう変化していくのかということの検討が研究のスタート地点になります。この漂砂に関する分野以外の研究としては、波・流れの計算、海岸構造物に関する問題、津波や高潮などが挙げられます。また、環境系の先生方も多くおられ、水質や底生生物の関係などを対象とした研究も行われています。私の研究内容は物理系が主になりますね。

相模灘

そこから鈴木先生は「波の音」に着目されて独自の研究をされています。その研究に至る経緯と内容はどのようなものでしょうか。

鈴木 以前、港湾空港技術研究所に勤務していたのですが、そのときに2年間、茨城県の波崎海岸に位置する波崎海洋研究施設に常駐していました。この施設は、砂浜に長さ約400メートルの桟橋が海に突き出していて、波打ち線から陸側100メートルくらいのところに私が常駐していた研究棟がありました。ここでは、地形測量、流れの観測、取得されたデータ整理とともにこれらデータを用いた解析を行っていました。毎日海を見ていますと、天気がいい日と悪い日によって聞こえる音が違うんですね。そのようななかで、海岸一帯に響き渡る波の音から、漠然と何かできないかな、波の高さがわからないかなと思ったんです。このあたりが今回の空間の話の原点になろうかと思います。その後、京都大学防災研究所を経て横浜国立大学に異動しました。当時ぼんやりと考えていた海岸の音から波の高さを推定するということを本学にきてから実施しました。波崎海岸に響き渡る音を計測して、さらに波の高さを計測器で測定して両者を比較してみたところ、ある程度の精度で波の高さを音から推定できることがわかりました。次に考えたのが人との関わりでした。人が海にいるときに、どういう音のときに心地のよさというものを感じるのか、どういうときに不快と感じるのかに興味を持ちはじめました。先ほどの海岸に響く音と波の高さの関係を発展させて、どういう音のときに人は心地よさを感じるのか、という研究を3年くらい前からはじめたんです。学生と一緒に海に行き、海岸に響く音を録音するとともに風速も測定して、海が荒れている日、風が強い日、穏やかな日といった仕分けをしました。その収録した音を学生たちに聞かせて、その音が心地よいかどうかのアンケートを行ったんです。2年目になって、音だけではもの足りないということで、当時はまだいまほど流行っていなかったドローンを使って映像も撮ってみることにしました。音という聴覚のみから、海岸の風景という視覚も加えると、人の感じ方はどうなるのかという研究です。なかなかすべての海岸の環境を室内で再現することはできませんが、海岸の空間的な評価というものが少しはできたのではないかと思っています。

波崎海洋研究施設

その海岸一帯に響き渡る音というものは、やはり日によってまったく違ってくるものなんでしょうか。

鈴木 全然違いますね。一言に波の音と言っても、海から近いところと、100メートルくらい離れたところでは音の聞こえ方が違ってきます。海に近い場所では、主に波が崩れる音が周期的に聞こえてきます。そこから離れていくと、ひとつひとつの波の音は聞こえないんですが、波の音だけでなく風の音といったものが合わさった海岸一帯の音のような感じで聞こえます。荒れている日は風が支配的になるので、ゴーッという低い音になり、晴れて穏やかな日では風も弱くなりますので質の異なる音になります。それらの音を録音し解析をしていくと、それぞれの音の特徴が見えてきます。一方で、海岸で録音した音を人に聞かせてアンケートを行い、その結果と解析結果を比較検討することで心地よさを調べてみた研究になります。

海岸環境音調査に使用する録音機材(相模灘、2013年11月18日)

都市基盤的な工学と人間の身体性をつなげる研究ということですね。

鈴木 街のなかでの騒音がどれくらい人に影響するのかといった研究や、自動車等の騒音、建物内の音の反響の研究などは多くされていると思いますが、海岸工学ではそういった研究はそれほど多くありませんので面白いかなと思ったんです。この都市イノベーション研究院ではこうした音響の研究、また、建築や人間文化などさまざまな分野の方がいるので、そういった先生方と協力することによってこの研究も発展させる余地が見えてくるのではと思っています。

その前にやられていた砂の研究というのは、どういうものだったんでしょう。

鈴木 いろいろな研究を行ってきましたが、主には現地観測データを用いた解析を行ってきました。地形断面測量データから水際線の位置を抽出して、その位置の年変動、長期変動と波・流れとの関係を検討したり、人々が砂浜に行った際に海とふれあう波打ち帯の地形変化モデルの構築などを行っていました。深海の砂など、波も流れもないところでは、砂というものはほぼ動かないんです。たとえば何も入ってないコップの水のなかに砂を入れても、沈降するだけで動くことはありません。ただ、海岸工学が対象とする水深の浅い海ですと、波もあり流れもあり、それらが底質に影響を与えています。そうすると、砂は波や流れの力によって舞い上がります。または流れの影響で海の下手に流れていく。その両方によって砂は動いていくんですね。その過程で、ある部分の動きがあまりなかったり大きかったりしてアンバランスな状態になっていくと、地形の変化が起こっていくということです。それらがどのように関係しているのか調べることが、もともとの私の研究になります。

波と流れと砂の底質というと、スケールがかなり大きな問題になりますよね。たとえば流れというものを追っていくと、最終的には地球規模の流れに行き着きますし、あとは100年単位で地形の変化を見るのか、それとも1万年で変化を見るのかという、時間のスケールもあります。

鈴木 そうなんです。研究によってそうした見方のスケールは異なりますが、私がやっていた博士論文では一波一波の波を研究対象にしていました。ひとつの波が崩れることによってどのくらい水が乱され、それによりどの程度の底質が巻き上がり移動するのかを室内実験、現地観測、数値計算をつかって研究を行っていました。以前所属していた港湾空港技術研究所では、波崎観測研究施設で1986年から地形測量と波の高さ、流れの観測が継続的に行われていましたので、私がいったときにはすでに約20年のデータがありました。このときは長期間、たとえば年変動を調べたり10年周期で地形や波がどう変化しているのかを見ていたんです。また、長期スケールになるとエルニーニョ現象といった地球上の大規模な気候変動の影響も考えないといけません。そのほかにも、ひとつの波浪イベントで見ることがあります。台風が通るときや、低気圧が近づくときに、波が高くなっていってまたそれがまた収まるまでの期間は、だいたい1週間くらいです。このひとつのイベントだけでも場合によっては地形が大きく変わるので、そのときどれくらいの波と流れによってどの程度地形が変化したのかを調べます。いままでは、地形の変化を調べるときは台風前の測量結果と、台風通過後の測量結果の差を見ていました。昨年くらいから、本当にそのプラス・マイナスだけで変化を考えていいのかということに疑問を持ち、ブラックライトを当てると光る蛍光砂を撒いて地形変化のおおもとである砂がどう移動したのかを調べる研究を行っています。台風などのひとつのイベント前に蛍光砂を撒いておき、波が収まったあとに長い筒を使って柱状の底質を採取して、蛍光砂がどの深さにあるかを調べます。この蛍光砂に着目することによって、砂がどのように移動したのかわかるので、その場所の地形変化がどのように起こったのかが見えてきます。ひとつのイベント前後でほとんど地形変化がなかったところでも、数十センチ深いところからも蛍光砂が出てきて、これまでの方法ではわからなかった地形の変化がわかるんです。そうすることで、いままでのプラス・マイナスの方法では地形変化はないと判断されていた場所が、実際は砂がかなりダイナミックに混合されていたということがわかってきています。これは、たとえば貝やゴカイといった生き物の生物相を考える上でも重要なこととなると思っています。

ひとつの波による砂の移動現象を見ていくということは、どういう方法なんでしょうか。

鈴木 海の波というものは、いろいろな高さ、周期の波が重ね合わさったものになります。こうなるとどのような波がどのような影響を与えているのかがわかりにくくなりますので、室内実験では高さと周期を一定にさせた波による影響の検討も行われます。波を一定にすることで、たとえばその高さ、周期の波による底質への影響が捉えやすくなります。実際の海においては、ひとつひとつの波にはどうしてもばらつきがあるので、一定の時間波を観測して、それをあとで平均化して見ていくことになります。

建築の側から見ると、出来事の個別性というものを考えることが、ここ10年くらいの大きな流れになっているように感じています。昔の議論は、ある種の普遍性を考えていましたが、ここ最近は鈴木先生のようにひとつの波に注目していくというような、出来事の個別性を見ていくことが重要になってきている気がします。

鈴木 やはり、普遍性を見出していくための研究やその方法というものは、これまで多くの研究者らによりすでに確立してきていて、大概のことは評価できるようになっています。現在はそうした普遍性から外れてしまうケースの検討、数値計算でいうと精度の向上、また、気候変動など外力条件が変わった際にどうなってしまうのかなどの研究が行われています。研究のベースは、すでにある提案式を使いながらも、これまでそこに含まれていなかった、また考慮されてこなかった影響などを考慮していくというのもひとつの研究になります。また近年、計測器の技術や精度はどんどん上がっていますから、昔は測ることができなかったものが測れるようになったことで、研究の中身が変わってきたということももちろんあると思います。

鈴木先生が取り組まれている研究によって、波の音の効果や作用が明確になってくると、今後の海岸一帯の環境を考えていく上での指標が新しく変わってくるかもしれないですね。用途にもよりますが、機能性と安全性が確保された上で、そうした身体性というもののパラメータが含まれてくると、すごく面白いと思います。

鈴木 たとえば新たな人工海浜をつくるというときに、心地よい波の高さや波の崩れ具合というものを考えようとすると、現状ではそのようなものを測る指標はないと思います。構造物をつくるときは、やはり波をきちんと制御できているか、海岸が侵食されないかとか、海水の循環ができるかどうかという側面からの評価はありますが、人がどう感じるかという評価はあまりないんです。そういったものの評価の指標になればいいと思っています。

快音(2013年12月9日/大磯)
不快音(2013年11月27日/大磯)

人工海浜をつくるというニーズは海外の都市計画でかなり多いんです。そういうときに、都市計画家や建築家は見た目でつくろうとするので、コンセプトはあっても海岸の力学的に不可能なプランということがありますよね。そこに砂を置いたら全部流れていってしまうというような。そういうエンジニアリングというものは、海岸工学者の意見を聞かないとできないことです。

鈴木 建設コンサルタントなどがそのような検討を行っていると思います。デザイナーのコンセプトをもらって、それが実現できるかどうかを調べます。砂の粒径によって海岸の勾配は決まってきます。砂を荒くすれば急になりますし、細かくすれば勾配は緩くなります。細かいほうが、砂がさらさらとして人が素足で歩く際には気持ちはいいんです。ただ海岸工学的に言うと、それだと砂が動きやすく、場合によってはすぐに砂が流出してしまうことも考えられます。そういう意味では、粒径を大きくしたほうが安定はしますが、大きくするとごつごつしてくる。そのバランスが難しいですね。そこは現地の人と相談しながら決めていくことになろうかと思います。あとは砂をどこから持ってくるかという問題もあります。産地によって砂の色が白っぽかったり黒かったりと、質感も見た目もだいぶ異なってきます。

相模灘踏査に使用する撮影用ドローン(2014年7月14日)

Y-GSAで教えていると、海岸の役割が産業から人のために変わっていくときに、そこをどう変えていくことができるのか問題になることがあります。何ができて、何ができないのかがデザインの側だけではわからないんです。鈴木先生のような海岸工学者にそこに入ってもらえると、実際にできることのなかで面白いことがわかってくると思います。学生の発表のなかで、ファンタジーになりがちなところを、海岸工学者の意見を取り入れていくことでデザインに裏付けができると。

鈴木 やはり、デザインはデザインでとても重要だと思います。ただ実際の問題として、相手が自然なので無理なことというのはあります。そうしたリアリティを考えた上での実現性のあるコンセプトのほうが、説得力が増しますよね。

相模灘観測(2014年12月2日)

エンジニアリングのリアリティや切実さのようなものとデザイン側が考えるコンセプトがうまくお互いを支え合っていければ面白いと思います。波の音の身体性研究で、今後の展開や次のステップとして何か考えていることがあればぜひ伺いたいです。

鈴木 これまでの音と映像のほかに、海の匂いという点にも着目して何か発展させることができないか考えています。匂いの計測器もあって、ある種の匂いを捉えることはできるんですが、人間の鼻というものは万能で、いろんな匂いを感じることができます。たとえば海から飛んでくる塩分を計測したりすることはできますが、海の匂いそのものを測るということがとても難しいので、そのあたりの方法をいま考えています。視覚と聴覚に加えて、嗅覚の要素を取り入れることで、この研究もまた変わってくるのではと思っています。

Takayuki SUZUKI
海岸工学。横浜国立大学大学院都市イノベーション学府・研究院教授。主な著書に『数値波動水槽』(共著、土木学会、2012)、『日本の海岸』(共著、朝倉書店、2013)、『Computational Wave Dynamics』(共著、World Scientific、2013)など。海岸工学者として、特に沿岸域における波浪特性と漂砂の問題、砂浜の地形変化モデルの構築についての研究に取り組んでいる。また、沿岸域の海象特性、沿岸環境についての研究も行っている。