IUIピックアップ VOL.2

新たな知と実践を創造する
複眼的思考のために

【パラグアイ国会表彰&名誉博士号授与】

インタビュー

藤掛 洋子[開発人類学/都市地域社会コース教授]

Interview with

Yoko FUJIKAKE

長年にわたってパラグアイを中心に研究と実践活動を行ってきた藤掛洋子教授が、このたびパラグアイ国会および大学から3つの賞を授与された。大学の研究室に留まることなく、開発人類学の研究者として、また特定非営利活動法人ミタイ・ミタクニャイ子ども基金代表理事として現地の開発支援や教育活動に取り組んできた藤掛洋子教授に、現在のパラグアイの問題、そしてこれからの社会をつくっていくための問題意識とヴィジョンについて、お話を伺った。
聞き手|藤原徹平
写真|鈴木淳哉

藤掛先生は今年度、パラグアイから3つの賞を授与されました。まずは受賞の概要からお伺いしたいと思います。

藤掛 2015年10月にパラグライ国会下院から表彰されたほか、パラグアイ・日本友好連盟からパラグライ独立200周年を記念して各国の大統領や首相に贈られたメダルと同じものをいただきました。あとひとつはパラグライにあるNihon Gakko大学から名誉博士号(教育学)を授与されました。国会下院からいただいた賞は、日本人に授与されるのははじめてで、女性としてもはじめてだと伺いました。今回の受賞は、多くのパラグアイ関係者、パラグアイ日系人の方々からも本当に喜んでいただきました。国会での表彰式には駐パラグアイ日本大使館上田善久特命全権大使をはじめ、日系移住地のひとつであるピラポから日本人会事務局長佐藤満氏ご夫妻、ディオニシオ・オルテガ(Dionisio Ortega)Nihon Gakko大学学長、吉田英之JICAパラグアイ事務所長たちも参列して下さり、Nihon Gakko大学エルメリンダ・オルテガ(Hermelinda Alvarenga de Ortega)副学長も大変喜ばれました。オルテガ副学長は2009年と2012年にパラグアイ教育文化省の副大臣としてパラグアイの教育政策の発展に尽力された方なのですが、実は1991年に文部省(当時)の奨学生として横浜国立大学大学院で学んでおられます。親日家で日本の外務省や駐パラグアイ日本大使館などからも表彰された方です。名誉博士号の授与式には日系一世のマルティン・ナラ(Martin Nara)氏ご夫妻やこれまでお世話になってきた日系の方々、伝統工芸品ニャンドティのつくり手の方々たちがわざわざイタグア市から駆けつけて下さいました。経済的に厳しい状況にある聾唖のニャンドティ生産者の男性やシングルマザーの女性たちが式典に駆けつけて下さったその姿を会場で見つけたときは涙が止まりませんでした。あとで聞いた話ですが、40分程講演をさせていただいているあいだ、会場では泣きながら私の話を聞いて下さっている方が多くおられたということでした。今回の国会での表彰や名誉博士号の授与は、私がいただいたものではなく、パラグアイの村の女性たちや子どもたち、そして私の研究/実践活動をともに行ってきてくれた仲間たちとともに受賞したものと思っております。講演のあいだ、これまでの苦労や仲間たちの顔が走馬灯のように思い浮かび、涙がでてきました。これまでの23年間の歩みに対して、本当に意味のある、そして感慨深いものをいただいたと思っています。

今回の受賞は、藤掛先生がこれまでパラグアイで行われてきた研究や藤掛先生が運営する特定非営利活動法人ミタイ・ミタクニャイ子ども基金(以下、ミタイ基金)の支援活動の結果というわけですね。藤掛先生の研究の素晴らしい点は、大学の研究室だけでなく幅広い活動を現地と深く関わりながらしているところだと思います。

藤掛 国会からの表彰状やメダルは、これまでの私の研究者としてのパラグアイへの貢献に対するものだと聞きました。名誉博士号は教育学の博士号となっていますので、ミタイ基金としてパラグアイに学校をつくり、教育に貢献したという趣旨の賞だと思います。

23年間に渡るパラグアイでの活動を経ての今回の受賞の感慨や実感などはありますでしょうか。

藤掛 はい、感慨とともに、もっとしっかりと教育・研究・実践をやらなければならない、次世代にしっかりと引き継いていかなければならないという責任も尚強くなりました。2012年に横浜国立大学に異動してきました。前の大学でも国際協力を教えていましたし、ゼミ生たちと共にいろいろな活動をやってきました。異動してからも、ここの学生たちの国際協力に関わりたい、社会を変えたいという強い思いを感じます。私のやっている研究/実践活動をともにやりたいと思ってくれる学生や院生が多くいることがいまや私の大学教員としての責任とやりがいになっています。研究室のゼミ生は学部生・大学院生(博士前期・後期)を合わせると50名ぐらいいるので指導もとても忙しく、自分自身の研究論文を書く時間をなかなか取れないという課題はありますけれども、私のような少し変わった教員をあと押ししてくれる素晴らしい大学であると思います。学生たちはパラグアイのみならず、ザンビアやマラウイ、トンガ、キリバスなどで活動したあと、卒業・修了し、国内外で活躍しています。ニカラグアやペルーに青年海外協力隊として派遣されたもの、グアテマラやパナマにこれから派遣されるもの、社会企業家としてすでに活躍しているもの、国内で複眼的視野に立ち働いているものなど本当にさまざまです。学生たちと関わり、お互いに学び合いながら成長していけることが生き甲斐になってきていますね。息子に怒られそうですが(笑)。
 このように国際協力に関わりたい学生に対しては、海外での最初の一歩の学びを南米の心臓と言われるパラグアイにしていますし、JICA/JOCV大学連携案件でトンガ王国やキリバス共和国などでの国際協力の機会も提供していますが、最初の仕組みづくりは本当に大変でした。特にパラグアイ渡航は希望者が多いため、安全を確保した上で国際協力の実践を行うために現地メンバーとの綿密な連携をつねに行っています。ミタイ基金と連携しなければ実現できない部分も多々あります。このプログラムに参加した学生たちが大変満足して、パラグアイのことを大好きになってくれたり、リピーターになって現地で活動してくれたりすることは嬉しい驚きでした。パラグアイは何もない国ですが人を魅了する国だと思っています。最初は、なんでそんな遠い国にわざわざ学生を連れて、という方もおられたかもしれませんが、私たちの活動が国内外のメディアでしばしば取り上げられたり、横浜国立大学に駐日パラグアイ大使館豊歳直之特命全権大使や駐パラグアイ大使館上田善久特命全権大使が幾度となくおみえになり、講演会やシンポジウムを開催したりすることを通し、パラグアイの魅力が伝わり、認知度も上がり(笑)、高校生のときから私のゼミを目指してくる方もおられるようになりました。全学を上げて応援してもらっていることに感謝していますし、この都市イノベーション学府・研究院がミタイ基金と連携協定を結んでいるおかげで、円滑な連携ができていると思います。学生たちの研究や実践活動を現地で受け止めるためにも、大学外の複数の組織との連携は重要です。国内外の協力メンバーたちには感謝するばかりです。
 本学は中南米や途上国・新興国での活動を大学の戦略のひとつとしています。第2回中南米シンポジウムはパラグアイにおけるリスク共生をテーマに2016年1月27日に開催しました。駐日パラグアイ大使をはじめ、女性省副大臣やアスンシオン国立大学学長などを招き、リスクを見極めこれからの社会をどのように創造していくのか公開シンポジウムを行い、130名の方が参加されました。実践から生まれる研究、研究から生まれる実践、このような往還を通し先端的な研究/実践を発信していく機会を与えられていることに深い感謝と重い責任を感じています。

パラグアイとの交流や現地での活動があるからこそ、研究も深まっていくと。

藤掛 はい。その通りです。もちろん理論研究は大切です。ただ、練習問題を現場で解く必要があるわけです。協力隊の先輩で文化人類学者である木村秀雄東京大学教授からは、練習問題を解きなさいと。同じく文化人類学者であるお茶の水女子大学原ひろ子名誉教授からは現場の人に寄り添うことの大切さを教えられました。アマルティア・セン(Amartya Sen)と親交のある開発経済学者の柳原透拓殖大学教授からは、センのCapability Approach(潜在能力アプローチ)を導きとし、遍在する技術・制度そして新たな技術・制度と関連付けて「生活の設計と実装」を構想し、つなぐことの重要性を教えていただきました。
 私はこれからも国内外の現場に出て理論を再検討し、(自身の経験も踏まえ)特定の方々が不利益を被らない、安心で安全な社会を創造するための営みを続けていきたいと思っています。たとえば現在、トリクルダウン理論にそくした開発政策が日本でも展開されていますが、その限界やジェンダー規範の影響により特定の人々にしわ寄せがいくことはすでにダイアン・エルソン(Dian Elson)らの90年代の研究で示されているわけです。すでに限界が指摘されている政策であるにもかかわらず、その点を踏まえずに日本で推進されている結果、富の再分配が適切に行われない状態が続いています。格差を拡大するような社会制度を是正していくためには、マイノリティの声なき声を拾うために現場にいなければいけないと思っています。現場を表面的に見て終わるのではなく、自分の現場を持つこと、そして新たな現場に深く入っていくこと、そして双方向で学び、発信し続けることが大事だと思います。

2013年度のYEARBOOKでは主に藤掛先生がパラグアイで取り組まれている研究や活動についてお伺いをさせていただきました(『YEARBOOK2013/2014』に掲載)。近年のパラグアイの問題、または藤掛先生がいま主に取り組まれている課題はなんでしょうか。

藤掛 これまでの私の取り組みは、数字では表すことのできない質や人々の意識変化に着目し、人々の内発的発展、具体的にはパラグアイの農村で暮らす女性たちの「エンパワーメント」やコミュニティの発展について研究してきました。しかし、ユートピアはそう長くは続きません(笑)。『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』(柴内康文訳、柏書房、2006)という本を書いたロバート・パットナム(Robert David Putnam)が社会関係資本について論じていますが、米国では電子的娯楽の広まりや市民社会に関わりを強くもってきた世代の交代など複数のファクターにより既存のコミュニティが衰退することを論じています。私が関わっている村でも携帯電話やスマートフォンの普及などによりコミュニケーションの方法が劇的に変化し、情報の非対称性が生まれています。その結果、外部者との関わりのなかで村のコンフリクトが起きています(藤掛洋子 2015「連帯から分裂、そしてコミュニティの再統合に向けて:パラグアイ農村部における生活改善プロジェクトと学校建設支援を事例として」、関根久雄編著『感情と実践:開発人類学の新展開』、春風社、pp. 207-240)。
 村の農協では利益が得られないのでもっと条件のいい町の農協に移籍したい、学校を建設したけれど、維持管理に問題があるので新しい学校をつくりたいといった動きがあったりします。一見すると非常に自主的な動きのように見えますが、苦労をして学校を建設したグループにとっては学校を大事にしないでなんで新しい学校をつくるんだという不満があります。同時に、カルテス現政権の新自由主義的な政策も関係しています。現政権は学校教育の「効率を上げるため」に、生徒数が15人以下の学年がある学校は閉鎖するという政策を打ち出しました。私が関わっている村の小学校は全生徒数が80人程度なので、ひとつの学年が15人に満たないため閉鎖される対象となるようです。日本でも生徒数の少ない学校が統廃合され、子どもたちが違う町の学校に長い時間をかけて通うということが起きていますが、パラグアイの農村部でもそれがいまはじまろうとしています。パラグアイの現在の教育政策が現場の教員や子どもたちに負のインパクトを与えていると考えられます。このような情報も携帯電話を有する農民と有さない農民や派閥により獲得する情報量に大きな差があることもわかりました。ほかの課題もあります。若年妊娠をしてしまったり、弟や妹の世話のために学校をドロップアウトしてしまう女児もいます。ですので、これからも、ジェンダーの視点を有しつつ社会政策や開発政策に目配りしながら、ミクロな意味で人々の感情や価値観にも配慮し、マクロな課題に取り組むという姿勢が必要なのだと思います。

単に資金援助をして学校を新しく建てればいいという問題ではないということですね。

藤掛 はい。先の事例は住民たちがパラグアイの教育政策などに翻弄されて対立が生じているケースです。開発援助における介入者の立ち位置が昔のようにシンプルではなくなっていると思います。「黒子」として支援し、現地の人たちが学校に通えるようになるというシンプルなストーリーも大切ですが、同時にミクロなレベルでは、住民たちのコンフリクトを読み解き、人々のあいだに生まれている負の感情も理解する必要がありますし、メゾなレベルでは行政官たちの置かれている軋轢を理解し、マクロなレベルでは国家政策や政権・財政運営について、超国家的にはたとえば世界中を取り巻く新自由主義的価値規範のなかで政策が生まれていることなども分析対象として、複眼的に開発援助や国際協力に関わっていくことが必要なのだと思います。これらの部分を理解し、加えて自然科学や工学、社会科学がつながっていくことが必要だと考えます。
 パラグアイの農村部ではこれまで社会開発に加えて学校建設の支援をさせていただきましたが、昨年はNPO法人道普請の協力も得て、村の道の補修のお手伝いもさせていただきました。村には素晴らしい自然と都会の人間が失ってしまった心の豊かさと人の寛容さがあります。すべてにおいて経済発展することを是とするのではなく、地域にある固有の素晴らしさを生かしたコミュニティの創造の方法が多数あると思います。文理融合で社会科学の視点を有し、新たな知や実践を創造できる複眼的思考の学生を育てることによってはじめてなしうることかもしません。政策によって人々が分断されているところに立ち向かっていったり、しなやかに生き延びるための「知」を共に生み出していく力を持つ人間が必要なのだと思います。エンパワーメントのテーマの延長線上にある、もうひとつテーマに入ったのだと思っています。

今後、そうした研究と活動を進められていくなかで、学生たちに期待したいものは何ですか。

藤掛 やはり、他人の痛みがわかる人間になってほしいです。他者のために役に立ちたい、助けになりたいという気持ちを持っている学生たちが私の研究室に来ています。社会科学は取り柄がないというように考えられがちですが、私は反対だと思っています。自然科学・工学・社会科学をつなぐ人がいなければうまくいきません。先にお話したようにパラグアイの村で道づくりをするときに、私はまずどのように住民のニーズを拾いあげ、誰に対して、どのように道づくりの技術を伝えれば持続可能性が担保されるのかと学生たちに問いかけます。技術はとても大切ですが、人が生きていく上での方法のひとつです。お金があるから・技術があるから道をつくるという選択肢もあると思いますが、人類学者として、あるいは私の個人のポリシーとしては、道をつくる「知」が特定の人のみに蓄積されて、対立している人やグループに技術移転されない、という状況は避けるべきだと考えます。まず誰にニーズ調査をするのか、どの順番で手続きを踏めばよいのか、そのようなことは村のルールに則って行うべきですし、村人が少ししか来なかったら勝手に作業を進めてはいけない、といったことを考えることがとても大切です。昨年の渡航では、コンフリクトのある地域において、グループ同士が歩み寄るために道づくりをエントリーポイントにしたいという要望がありはじめたわけですが、収穫期で忙しいから村の一部の人しか来れないとなると、道づくりを再検討する必要があるわけです。ただ悪い道を直すということではなく、持続可能なコミュニティ、社会関係資本の増強の支援という観点からも見ていく必要があると考えます。つまり、悪い道を直すことにも順番があるということです。そうしなければコミュニティのコンフリクトは解消しません。建物や道ありきではなく、そこで暮らしている人たちの関係性を基本として、住民の方々が主人公になるような介入が必要であるということ、そのためには複数の視点を同時に持ち合わせる必要があること、さらにはときには撤退することも必要であるということを学生たちには学んでほしいと思います。
 学生たちには、当該社会で生きる人に目を向け、寄り添い、個人から政策まで目配りしながら、そして新たな発想を持ちながらコーディネートができるような人間になってほしいと思っています。パラグアイでの経験を積んだあとには、さまざまなことに挑戦している学生のみなさんに伴走したいと思っていますので、チャンスを自らつかみ取り世界市民(カント)として羽ばたいていただきたいと思っています。都市イノベーション学府・研究院はそんなチャンスがある貴重な場であると確信しています。

Yoko FUJIKAKE
お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了(博士:学術)。国際協力事業団(現機構)青年海外協力隊パラグアイ派遣、JICA専門家パラグアイ・チュニジア・ペルー、ホンジュラス他派遣、国際協力総合研究所(現JICA研究所)準客員研究員、東京家政学院大学・大学院助教授・准教授を経て、横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授・先端科学高等研究院中南米開発政策ユニット主任研究者・JICA青年海外協力隊技術顧問・アスンシオン国立大学客員教授等。専門は文化人類学、開発人類学、パラグアイ地域研究、ジェンダーと開発。主な著書に、『開発援助と人類学―冷戦・蜜月・パートナーシップ―』(共編著、明石書店、2011)、International Handbook of Gender and Poverty:Concepts, Research, Policy(共著、Edward Elgar, 2010)など。特定非営利活動法人ミタイ・ミタクニャイ子ども基金代表理事として、農村女性のエンパワーメントや学校建設などの活動にも取り組んでいる。