IUIピックアップ VOL.19

マイノリティの視点から見る、
変容するメディアとオーディエンス

インタビュー

須川 亜紀子[2.5次元文化論、ジェンダー論、オーディエンス/ファン研究/建築都市文化コース教授]

Interview with

Akiko SUGAWA-SHIMADA

社会の高度な情報化に伴い、多様な文化が生まれる可能性が広がった一方で、現実と虚構の境界が曖昧になっている現在。都市や文化、そして人々は数多くのメディアとともにどのように変容しつつあるのか。「魔法少女」テレビアニメの表象・オーディエンス分析を通じて、大衆文化と人々の関係を多角的に論じた『少女と魔法』の著者である須川亜紀子教授にお話を伺った。
聞き手|藤原徹平[建築家/Y-GSA准教授]
写真|鈴木淳哉

『少女と魔法―ガールヒーローはいかに受容されたのか』(NTT出版、2013)
2014年度《日本アニメーション学会賞》受賞

「魔法少女」テレビアニメが、少女たちのジェンダー・アイデンティティーの形成過程においてどのように影響を及ぼしてきたかを論じた研究書。作品の詳細な分析とオーディエンスへのインタヴュー調査の両方からのアプローチが為されている。アニメーション分野における学術的な研究の発展に寄与する画期的な著作であるとして、1999年創設の日本アニメーション学会より、創立15周年を記念して設けられた《日本アニメーション学会賞》が本研究書に授与されている。

まず、著作『少女と魔法』はどのような研究として取り組まれたものなのでしょうか。

須川 前提として「女の子向け」であるテレビアニメを分析の対象にしています。たとえば昔はゴールデンタイムなどで放送されていたり、いまでは日曜の朝の時間帯に放送されている魔法少女ものと呼ばれる『魔法使いサリー』や『美少女戦士セーラームーン』、『ふたりはプリキュア』といったアニメですね。そのなかで「ガールヒーロー」としての魔法少女がどのように表象され、また女の子たちや成人女性たちはそれをどう受けて止めているのか、作品分析とオーディエンス調査の両方からのアプローチをしています。たとえばこういったアニメに表れる「強い」少女のイメージや「魔法」、また変身に不可欠な「変身グッズ」といったものには、ジェンダー・アイデンティティーなどの問題を考えるためのヒントが数多く描かれています。そうしたものを分析すると同時に、それを見るオーディエンスはどのような欲望や快楽を抱いているのかといった視聴体験の側の調査をしました。また「魔女」のイメージと結びつく魔法少女は、戦前から日本に輸入されてきた「西洋」のイメージと深い関係を持っており、それは少女文化にとっての重要なファクターとしてありました。国家アイデンティティーを形成する上で女性がどのようにイデオロギー操作されていったのかを見ていく重要な切り口となるものとしての「魔法少女」を本書では取り上げています。

テキストの表象を分析した研究は多くあると思いますが、オーディエンス側の視点や受容のされ方も取り入れた研究はあまり見たことがありません。もともとそういった研究をされていたのでしょうか。

須川 私はもともとは映画の学部で学んでいたので、修士論文では『ロリータ』の小説と映画のナラティブ比較・映像比較をしていました。ナボコフの原作と、それを題材としたスタンリー・キューブリックやエイドリアン・ラインという映画監督たちの作品を比べるような研究です。アニメ研究は昔からずっとやりたかったのですが、女の子向けのテレビアニメが日本ではまったく研究されていなかったこともあり、指導できる人が誰もいませんでした。以前から教育学的・心理学的な見地からアニメとその視聴者の研究はあるにはありましたが、私が興味を持っているようなオーディエンスの受容や経験の分析、またそれに関連したマーチャンダイジングの問題やジェンダーの問題といった、テキストの内部の問題も含めて分析した研究はされておらず、そうした問題を包括的に扱うカルチュラル・スタディーズの領域でのアニメ研究はほとんどありませんでした。私の場合は、イギリスにオードリー・ヘップバーンと女性ファンの関係を研究するカルチュラル・スタディーズの先生がいたので、そこでこうしたメディアとオーディエンスの両方を対象にした分析の方法論を学び、今回の研究に取り入れています。

カルチュラル・スタディーズとはどういった学問領域なのでしょうか。

須川 もともとイギリスではじまった研究領域で、メディアにおける階級関係やマイノリティの問題、またそれを見ている側の経済状況や人種、ジェンダーの問題などを通じて、これまで見逃されていたさまざまな問題を浮き彫りにしていくような研究方法です。イギリスではテレビ文化が根付いており、特に仕事に行く夫を送り出したあとの主婦たちが見る昼メロやニュースの影響力を分析する研究などが進んでいたのですが、カルチュラル・スタディーズとは一言で言えばマイノリティの視点からものを見ていくというやり方です。マイノリティの視点から大衆文化の分析をしていくことで、これまで当然のこととされてきたものが実は当然のことではないのではないか、ということを紐解いていく学問領域ですね。たとえばクラシック音楽のような高尚な文化の価値にしても、それは世の中の中心に立って社会を誘導する人々の手によって決定されてきた結果に過ぎません。アニメをはじめとしたポップカルチャーはくだらないもの、まじめに研究するに値しないものとされてきましたが、でも実はそうした大衆文化は社会を映し出す重要な鏡になっているのです。

著書 少女と魔法
図1 著書『少女と魔法』書影

現在ではアニメやマンガの分野ではどういった研究が盛んに行われているのでしょう。

須川 一番多いのはBL(ボーイズラブ)の研究ですね。特に女の人に多いのですが、海外でも最近は研究する人が出てきています。60年代のアメリカで『スタートレック』を題材とした「スラッシュフィクション」というBLジャンルの走りが現れたのですが、日本でもマンガ文化と結びつきながら同時進行的に現れたジャンルです。以前はBLではなく「やおい」と呼ばれていたのですが、それまでは秘匿の文化であったものが、ネット上で情報共有することが容易になったことと印刷技術の発達によって、各種コミックマーケットなどで販売されるなどして現在では大きな市場となっています。もともとBLは少女マンガから派生したもので、そういった従来のフォーマットを真似して新たな文化が生まれてきたということですね。サウジアラビアやドバイ、メキシコといった海外の国でも読まれているジャンルで、ジェンダーや政治、また同性愛の問題と結びつけながら研究する人が増えてきているようです。

この『少女と魔法』に続くものとして、次はどのような研究をお考えですか。

須川 女性のオーディエンス研究としての『少女と魔法』から一貫しているのですが、いまは「2.5次元」について考えています。現実とフィクションの中間にあるような2.5次元ミュージカルがいま流行っていて、マンガやアニメを映画として実写化した作品ではなく、あるキャラクターを実際に俳優たちが演じるというものです。『テニスの王子様』や『美少女戦士セーラームーン』、『弱虫ペダル』といったマンガやアニメのキャラクターに俳優たちが扮することで、2次元のキャラクターを3次元で楽しむという。人気のある声優が、アニメのキャラクターとして実際にコンサートを開くライブイベントや、コスプレなども2.5次元の文化として捉えることができます。以前からシアター研究はありましたが、こうした2.5次元の文化はたとえば宝塚や劇団四季などのブロードウェイミュージカルとは異なる文脈で考える必要があります。デジタル化されてきた人間の認識の変化や、現実とフィクションのあいだの境界の変容、またネタとベタの関係を行き来しているような力学が2.5次元にはあるので、そういったところを今後どのように理論化できるのか考えているところです。

Akiko SUGAWA-SHIMADA
Akiko SUGAWA-SHIMADA
2.5次元文化論、ジェンダー論、オーディエンス/ファン研究。建築都市文化コース教授。主な著書に『アニメーションの事典』(共著/朝倉書店、2012)、『少女と魔法―ガールヒーローはいかに受容されたのか』(NTT出版、2013)、「Japanese Animation: East Asian Perspectives」(共著、UniversityPress of Mississippi,2013)、『アニメ研究入門―アニメを究める つのツボ(増補改訂版)』(共編著/現代書館、2014)など。マイノリティ、ジェンダーといった社会的文脈の観点からアニメや映画における少女の表象分析、およびそのオーディエンス研究に取り組んでいる。
最新の業績はこちらを参照 akikosugawa.2-d.jp