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92水辺の未来を考えるレクチャーシリーズアムステルダム(岩井桃子)「水辺の未来を考えるレクチャーシリーズ」を始めるにあたり、その導入としましてオランダの水の都アムステルダムについて少し話をしたいと思います。また今回のレクチャーを行うにあたり、和田さんとお話をしましてコペンハーゲンとアムステルダムが、都市的に類似している部分もあると思いました。というわけでして今回は、アムステルダムの話のあと、コペンハーゲンについてのお話を和田さんにうかがいたいと考えております。本当にオランダ人はすごく水辺が好きで、水が本当に近い所にあります。気軽にジャボッと水に飛び込んでしまう子どもたちを見掛けることもありました。古くなって使われなくなったボートを住居(ハウスボート)として使っている人たちもたくさん居ます。好奇心旺盛な若者がハウスボートに住んで、水上の生活を楽しんでいるシーンがあちこちで見られます。年に1回、アムステルダムでは水上のコンサートが開催されてまして、水上に仮設のステージを作り込んで、コンサートが行われます。その他、日常的にカフェのテーブルやいすを出して青空の下でコーヒーを飲んでいる人たちが居ることは、ものすごく日常的で多く見られる光景です。水辺のカフェに船でやってきて、船からカフェの岸辺に降りて、コーヒーやビールを買ってまた船に乗り、船上で宴会をするみたいなこともあったりしまして、本当に水と身近に付き合ってる人たちだなということを実感することができます。水上にテラスを出したレストランはもちろんあります。水との付き合いが今でも色濃く残っているアムステルダムの街なんですけれども、今に始まったわけじゃなくて、歴史をひもといていくとその様子がすごく分かるということで、これからちょっと歴史的な、都市史的な視点でアムスを見てみたいと思います。アムステルダムは、オランダのなかでも低地の部分に町が作られています。アムステルダムの地下水は地上から大体1.5メートル下に走っているので、地下室を完全に埋めることができません。そのため、半地下状態で地下室を作っている住宅が、特に古い住宅では多く見られます。アムステルダムの中心部に流れるアムステル川に一つダムを造ったということで、アムステルダムと名付けられたというのが、町の名前の起源です。大体13世紀半ばぐらいに最初の町ができ、1275年にアムステルダムとしての町が始まりました。ダムの他、堤防で町を水から防御しました。アムステルダムに限らずオランダの町は水際に沿って堤防を造って、その上を通りとして使い、通りの両脇に建物を建てて街を形成していくというパターンが結構多いです。つまり、ダムと堤防周辺に街が作られていくというケースが結構多いです。アムステルダムの場合、「ゼーダイク」と呼ばれる海岸線に沿って造られたダイクと、川沿いに作られたダイクで、町は守られてきました。今でも堤防の上につくられた通りが残っていまして、割と道幅が狭く、商店が建ち並ぶショッピングストリートになってるケースが多いです。1階部分は割とレストランや雑貨屋さんが入るケースが多いです。古い所ですと、堤防通りの建物の反対側は水に接する部分が多く、ヴェネツィアのように水際に直接建物が建つ関係性があるんですけれども、結構限定されてまして、それは後ほどまた紹介します。17世紀につくられた水辺空間1600年代ぐらいになりますと、オランダ東インド会社が立ち上がりまして、貿易活動がすごく盛んになり、町に一気に人が入ってきて栄えるようになります。町がだんだんスプロールしていきまし北欧の水都コペンハーゲン・アムステルダム日程  2014年12月19日(金)話し手 コペンハーゲン 和田菜穂子(北欧研究家)    アムステルダム 岩井桃子(YCC スクールスタッフ)場所  3階スペース平成26年度