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78都市計画論特講都市をオープンにするー欧州都市の取り組みからー日程  2012年11月28日(水)話し手 野原卓(横浜国立大学准教授)聞き手 鈴木伸治(横浜市立大学教授)鈴木日本の都市計画と、欧州都市のオープンハウスロンドンという事業があり、たくさんの人が集まって公開された建物をめぐるというツアーが都市で展開されていて、そこに都市の次なる展開をみえてくるのではと思っています。今日はオープンアーキテクチャー、オープンハウスなどのお話をいただきます。野原もとは東京大学の都市工学科の出身で、都市の在り方を国内外問わず都市デザインをどのようにしていくかという研究に携わっています。今日のタイトルは都市のデザインと公共性ということで、今日はヨーロッパのオープンハウス、オープンシティの取り組みのヒアリングの機会がありましたので、そのお話と都市の公共性にについて皆様とディスカッションしたいと思います。都市のどんな場が公共であるのか都市はだれのものだろう、歩行空間はどこまでが公共空間なのか、ということを考えたいと思いますが、それぞれの住んでいる場所、使っている場所は公共ではないのか、どうなのかと含めてお話したいと思います。某商店街でフラッグをかけようとした際に、行政からの反対があったそうです。一件、公共的な場所がありますが、ここには所有などの様々な概念があって、利用するためには権利などがあることが今の現状であると思います。あるイベントのフラッグを立てようとしたときに、そのフラッグには公共性がないという批判を受けたということです。公共的なものは、なんであるのかと考えさせられる一件であったと思います。実際は商店街の上にあっても、民間の商店街が建てたポールは私有であったり、道路の所有は行政であるけれど、そのポールにかける旗はどこなのか、そのような問題がうごめいて、世の中できていると思います。このような状態を今一度考えるときにみんなが心地よく使える空間として、どのようにしたらいいのかと考えさせられるエピソードであると思います。都市空間は公共的なものなのかというと、公共空間の話にはコモンズの悲劇と言って、同じ場所でみんなが好き勝手に草を刈ってしまうと、食べるものがなくなってみんなが悲劇となってしまったという話があります。公共空間、都市空間全体がそのコモンであるとするならば、そのような場をみんなでどのように考えていくかが重要であるかというふうに思います。小布施ですと「うちは自分のもの、外はみんなもの」というキャッチフレーズがあげられています。家の中は自分のものなのですが、外部はみんなのものではないかというキャッチフレーズがあります。またオープンガーデンという取り組みもされています。自分の敷地の中でも公共空間として役割があるのでは、ということが街づくりのなかで語られていると思います。普通の住宅でガーデニングをされ、お庭に入ってみることができる、というものです。もちろんリスクもあると思うのですが、それも踏まえてこのように進めている街です。「分配を行うのは唯一人間のみである。」これは生物学の下岡先生のお話です。無償で相手へ分け与えるのは人間のみだそうです。他の生物ではなんらかの形で自分が優先されていて、他人へどうぞと譲るのは人間だけだそうです。人間が生きぬくには一緒に協力しあったり、ものを分け与えたりするなかで、自分の遺伝子を担保させることを選択したのが人間である、ということがわかるのですが、このようなところを改めて考え直すことで公共とは何であるか、ということにつながっていくのではと思うのです。公開する、自ら学ぶロンドンで開催されている無料で建築が公開見学できるという催し平成24年度