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活動報告書

シンポジウム13都市の変容を見つめる 映画監督 黒沢清の近作から(横浜国立大学 横浜建築都市学F)日時 2012年10月23日(火)18:00ー20:30会場 3階スペース主催  YCC スクール    横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院都市を舞台に映画を撮影し続けてきた黒沢清監督。すでに大がかりなセットで映画撮影などできない時代ではあるが、黒沢清監督の作品が、これほどまでに「都市の現在」を照射するのはなぜなのか。『Cure』にせよ、『回路』にせよ、『叫』にせよ、『トウキョウソナタ』にせよ、大都市の映像が常に背後に映っていた。そして次作『1905』の舞台になるのは1905年の横浜である。黒沢清の映画と大都市の関係を解明したい。講師  黒沢清(映画監督、東京藝術大学大学院映像研究科教授)聞き手 梅本洋一(映画評論家、横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院院長、Y-GSC 教授)藤原徹平(建築家、横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院Y-GSA 准教授)都市は何を創造できるのか - H 24年度横浜建築都市学・主旨文より急激な人口の縮減を背景に、空き家と廃屋が著しく増大し、シャッターストリートは大都市の周縁部にも出現し始めている。人々の集まる都市の中心部は、それでも「再開発」が間断なく続いている。渋谷も丸の内も横浜駅西口も、かつての面影を留めないくらいに、そのランドスケープが変貌した。かつて都市に遍在した創造行為は、「再開発」の名の下に決行される「街殺し」と共に、死んでいくように感じられる。ぼくらは、これからの将来に希望を託す「以前の世界」ではなく、すべてが終了してしまったような「以後の世界」に対面しているように感じられる。バブル期ならば、「創造行為」と「消費」は統合で結ばれたかもしれない。しかし、ぼくらの財布にフローの金銭が見つからなくなり、「消費」は冷え込んでいった。その代わりに個人の営為とは無関係に、資本主義を運動させることが目的である「再開発」が横行するようになる。そんな「以後の世界」にあって、都市における創造は可能なのか。そのために建築は、アートは、いったい何をすればいいのだろう。一緒に考えてみたい。(梅本洋一)写真3点すべて:ゆかい撮影