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125坂の上り下りは確かに疲れますが、地形を味わいにぜひ行ってみてください。この写真の池の畔には弁財天が祀られていますが、古くは「寺谷の大池」と呼ばれるもっと大きな池でした。住宅地になるときに池の大半が埋められたのですが、大池の名残が住宅地の中に残されています。ちなみに、鶴見のあたりのスリバチにはもともとたくさんの池があり、いずれも水田の灌漑用のため池でした。鶴見川のこのあたりの流域では、潮が戻ってくるので真水が得にくいという難点がありました。水田を開墾するにはやはりきれいな水が必要だということで、たくさんの溜め池がつくられました。鶴見駅近くにある総持寺裏にも興味深いスリバチ地形があります。東京のスリバチと違うのは、谷底に大きな建物が建っているということです。それから、総持寺裏には共同墓地、いわゆる「スリボチ」もあります。「レアールつくの」という地元の商店街では、背後の崖の高さで地形の高低差を知ることができます。東京から来るとその崖の高さに驚愕します。この写真は愛宕神社からは鶴見川の低地を見たものです。神社はたいだい丘の上にありますけれども、散策の途中で高低差のわかる風景が待っていると歩いていて楽しいですね。そして、下末吉だけじゃなくて横浜山手もすごいぞ、ということで山手の凹凸地形を紹介しますね。この写真はイタリア山の下の大丸谷(おおまるだに)と呼ばれている谷間です。フェリス女学院が近くにあります。イタリア山から眺めるとスリバチの風景が眺められます。高低差がとても大きく、いい眺めの階段もたくさんあり、凸凹を感じながら歩くだけでも楽しいですよ。地蔵坂では、東京と同じように崖下にお寺があり、丘の上に高層マンションがある風景が見られます。地形と建物の関係は東京でも横浜でも共通していることが分かります。それから、八幡町という下町商店街のすぐ近くにも多くのスリバチがあります。蓮池坂と名前がついている坂上から八幡町を見下ろす風景は、東京のスリバチよりも明らかにスケールが大きいことが分かります。スリバチ状の土地を利用した施設として元町公園のプールが挙げられます。谷頭にあるプールは、かつて湧水を溜めていたとのことで、「水が冷たくてとても入れなかったよ」という話を聞いた事があります。スリバチの湧水を活用したとてもユニークな事例ですね。この写真のように、外人墓地は丘の上の斜面にありますが、斜面の下のほうには普通の墓地があるのが分かりますね。横浜でもスリボチがあるわけです。次に谷間の川跡を紹介します。山手台地の南側にある千代崎川の川跡を歩いた事がある人はいますでしょうか(?)ここは、スリバチマニアや暗渠会の人たちにとってはたまらなく魅力的な暗渠路が続いています。千代崎川の川跡が、よく見る東京のモノと違うのは、PC 板とコンクリートで一体的に成型され、シームレスで目地がないことです。私は仕事が終わってから、夜間によくこういうところを歩くのですが、東京の暗渠を歩いていると躓くことが多いです。暗渠蓋には段差がよくあるからです。それから暗渠蓋は固定されていないのでカタカタいってうるさい。だけど、千代崎川の川跡を歩いていてもカタカタ言わないので近隣住民の方々に迷惑をかけないし、凸凹もないので、バリアフリー化が徹底されていていると言えるでしょう。大和町通り商店街に架かっていた橋も、この写真のように残されています。千代崎川暗渠のもう一つの楽しみが、旧河道の暗渠路と、直線化された新水路の暗渠双方を同時に見られることでしょう。東京も横浜も洪水対策として、河道が直線化・垂直護岸化されて新水路が築かれます。2 世代の暗渠路が見られるのが千代崎川の面白さでしょう。この写真は千代崎川上流のムードたっぷりな暗渠路、先ほど東京の暗渠路をいくつか紹介しましたが、同じように湿っぽくていい雰囲気ですよね。千代崎川は上流まで遡ると、米軍根岸住宅敷地内ののどかな谷間にたどり着けます。とても牧歌的な谷戸風景をご紹介したいのですが、写真を撮ると怒られそうだったのでお見せできる写真はありません。ぜひ各自で確かめられることをお勧めします。もう一つ、ユニークなスリバチを紹介します。それは根岸共同墓地の敷地として利用されている谷間で、写真のように震撼する光景は、おふざけで「スリボチ」と呼ぶのが憚られるくらいです。丘の頂にはゴシック調の旧根岸競馬場の観覧席が霞んで見え、この場所ならではの世界観を演出しているようです。夜のとばりが下りてきて、スリバチが黄昏たこの写真の雰囲気もいいと思いませんか。現在、旧根岸競馬場跡地は公園として活用されていますが、地形的には競馬場をつくったときに谷の出口を塞いだ1級スリバチ地形となっています。「谷の数だけ物語がある」とよく言っていますが、スリバチの過去や変遷を調べるだけでも、町の歴史や社会的な事情、あるいは独特の文化も見えてきて興味が尽きません。最後に取り上げるスリバチは、元町公園内のジェラール水屋敷地下貯水槽跡のある場所です。周囲を崖で囲まれた谷間では、元々水が湧き出ていました。そのありがたさに気づいたのは、明治になってフランスからやってきたジェラールでした。彼は水を提供するための事業をこの地で興します。開港した横浜に多くの船が海外から立ち寄りましたが、それらの船舶に積み込むための水を供給して財を成しました。そのときに作った施設が貯水槽跡として公園内に残されているのです。ジェラールはスリバチから湧き出た水で稼いだ資金をもとに、レンガ工場を作りましたが、関東大震災でそのレンガ工場は倒壊、残念ながら事業も続かなくて、工場の跡地は元町公園として開放されています。やっぱりちょっと違う視点で見るといろいろ発見ができるという典型です。スリバチのポテンシャルにわれわれはもっと気が付かなきゃいけないということです。 付け加えると山手の台地の南面にビール発祥の谷もあります。「天沼」と呼ばれている小さな谷ですが、湧き出る水を使って日本で初めてのビール工場がつくられました。アメリカ人のコープランドは、スプリング・バレー・ビルワリーというビール会社を興し、それがキリンビールへとなってゆくわけです。 スリバチは海へのプロローグさて、「スリバチは海へのプロローグ」というタイトルで長い話をしてしまいました。実はこのフレーズの裏には、何げない発見が大きな真実につながっているぞという意味を込めて、自分はよく「まちのくぼみは海へのプロローグ」というフレーズを用います。ちょっとだけ見方を変えて、あるいは視点を変えて町を見つめ直してみる。