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123いることが分かりますよね(笑)。話が脱線しましたが、もういちど六本木に戻って、寺院があった窪地を取り上げてみましょう。さきほどは下町系スリバチでしたが、こちらは二つ目のスリバチのバリエーションです。この窪地は六本木裏の共同墓地で、ドンキホーテのすぐ裏にあります。六本木の歓楽街からすると、この写真のような墓地って異質なものに思えますよね。でも、六本木で遊んでいて、なんとなく怪しい空気を感じたことないでしょうか。たとえば怪しいお店に行って「このまま日常に戻れないんじゃないか」とか(笑)。六本木のメインストリート(六本木通り・外苑東通り)は丘の上ですけど、1本裏道に外れると、この写真のような墓地やくぼ地が意外な場所に潜んでいます。だから、その危機感といいますか緊張感が、六本木の危うさにつながっているのではないか、思っています。東京のスリバチを歩いていると墓地を見かけることが多い。高輪の「樹木谷」という谷間にも墓地がありますが、こういった一連の土地利用を、スリバチ学会的に、窪地にある墓地なので、「クボチ」あるいは「スリボチ」と言っています(笑)。それでは、スリバチ状の土地を活かした、もう一つの土地路用を紹介しますね。東京ミッドタウンのある土地は、もともとは毛利家の下屋敷があり、六本木ヒルズの場所には毛利家上屋敷がありました。いずれもスリバチ状の谷戸地形を取り込んで、大規模な大名屋敷をつくりました。それが現代に引き継がれ、公園的に利用されているスリバチ地形を「公園系スリバチ」と言っています。こういった場所では、自然豊かな大名庭園の風景を味わっているわけです。公園系スリバチの歴史を振り返ってみると、大名庭園だった多くの場所が明治時代になってから、政府系の施設に利用されたり、華族や皇族の屋敷地になったり、または資本家の屋敷地あるいはホテルになったり、という変遷をたどりました。ですから大名屋敷の名残を、東京のなかではまだまだ見ることができるとも言えます。六本木ヒルズ・毛利庭園の池は、もともとは谷戸の湧水を溜めた大名庭園の池を模したものですし、東京ミッドタウンの檜町公園の池も、起源は湧水を溜めた大名庭園の池なわけです。それから、目白の椿山荘の池も同様の事例で、元は黒田家の屋敷地でした。ホテルニューオータニの奥にある清水谷公園の池も、大名庭園として気づかれた池の名残です。このように多くの江戸の遺産が都内にはあるわけで、谷戸の景観を活かしたスリバチ庭園は、世界遺産にも匹敵するのでは(!?)と勝手に思っています。スリバチは海へのプロローグ?東京の町を歩いていると時々、小さな窪んだ場所に出くわすことがあります。この写真は渋谷川の支流、宇田川の水源近くにある、窪んだ土地の写真です。宇田川の水源はこの窪みを上流側へとたどっていけば行けるはずです。これがその水源の写真で、国際協力機構東京国際センター内にある、幡ヶ谷の狼谷に残された小さな池です。宇田川の水源まで、渋谷から歩いてほぼ1時間も歩けばたどり着けます。一方、町の中で窪みを見つけたら、反対にそこから下流側にたどっていけば必ず海へたどりつけるわけです。水の流れが川を作っていたわけですから、考えてみたら当たり前のことです。でも、海なし県である群馬県出身の私にとって、この事実って、すごくロマンなんですよね。群馬から海に行くとなったらやはり半日ぐらいかけないと海へ行けませんから。宇田川の窪みを見つけて下流へとたどれば、渋谷の町に着き、さらに下流へと辿ると天現寺橋を経由し、金杉橋、そして東京湾まで行けるなんてロマンチックですよね。まさに「まちのくぼみは海へのプロローグ」なのです(笑)。渋谷川の水源とは?渋谷川の水源を簡単に紹介しておきますと、渋谷川は渋谷駅周辺で宇田川と合流、その上流側がキャットストリートとして整備されていますが、その先は国立競技場の脇を通り、さらに遡った川の水源のひとつが、あの新宿御苑、正確に言うと新宿御苑のさらにその先にある天龍寺という寺の境内が水源とされています。この写真の場所が、もともと渋谷川の水が流れ出ていた場所だろうと言われています。それから渋谷川の水源のもう一つは、パワースポットとして有名な明治神宮御苑の中にある「清正の井」なのです。神田川の水源は?神田川の水源はもう皆さんご存じのとおり、井の頭公園の井の頭池です。東京の川の多くは暗渠化されていますが、実はたくさん流れている(流れていた)川の水源探索ができるというのが東京の楽しみの一つだと思います。小さな名もなき川もとても魅力的ですよ。利根川の水源探索しようと思ったら大変ですからね。一つ一つ紹介するととても時間が足りないのですが、これらの写真は、谷中の藍染川の暗渠道や、都立大学の呑川の川跡は暗渠化されたものです。呑川沿いには橋の跡が残されていたりしていて、この写真では橋跡と気づかずに人が座っているところが微笑ましいですね。それからブラームスの小径は、原宿の竹下通りの1本裏にある静かな路地。先ほど紹介した清正の井から湧いた水が、ここを流れてキャットストリートへ注いでいました。これもブラタモリの初回で取り上げられた場所です。山の手の川跡はどこも魅力的で、私はスリバチマニアですが、川跡も大好き。そんな川跡を愛でる人たちは、自分たちのことを「暗渠界」と言ったりしています。この写真のように、川跡の狭い路地を老夫婦がのんびりと歩いている光景に出合うことがしばしばあります。川跡は車が入ることができないので、暗渠道は都会に残る、人が主役の一つの「聖域」とも言えそうです。猫がのんびり佇んでいるとか、老夫婦が安心して歩いているとか、あるいはママチャリのお母さんが走り抜けていくとか。車が入り込めないだけで「こんな世界があるんだ」というのを垣間見せてくれているのかなとも思います。東京の町には鉄道網や道路網がありますが、実はもう一つ「水路網」という別のレイヤもかぶさっているのですね。この楽しみを知ると東京の街歩きの幅が広がると確信します。