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121の守弁財天が祀られています。もともと大きな池だったのですけど、現在は写真の通り小さな池として残されています。街並みも芸者さんが居たときの名残、花町の面影が何となく残っているのが分かりますよね。この写真はダムの上から荒木町の町を見下ろしたものです。その他のスリバチ状の町を紹介してゆきます。自分たちの住む東京には、スリバチを見下せる風景がところどころにあります。たとえば、この写真は渋谷の神山町から富ヶ谷に向かう途中にあるスリバチを見下ろしたものです。この辺りは、字名で「深田」といわれた土地ですが、谷の底に住宅が密集していて、丘の上には大きなマンションが建っているのが分かりますよね。写真でもわかる通り、丘の上からスリバチに出会うとちょっと感動しますよ。パッと視界が開け、そこには広い空が広がります。これを、「スリバチの空は広い」とか言っていますけれども、これはスリバチに立地する住宅は比較的低層なものが多いために生まれる視覚効果なのです。丘の上に立ったときの爽快感がたまらないですよ。こうした感動的な風景に出会える場所が都内にはいたる所に存在します。六本木のミッドタウンの21_ 21というギャラリーがありますけど、そのすぐ裏にある場所もまさに典型的なスリバチ地形です。ここは残念なことに1カ月か2カ月ぐらい前に全部更地になってしまいました。どうやら再開発でマンションに変わるらしく、ここにあった木造の家々はすでにありません。このスリバチ状の町は、ブラタモリでも紹介されました。六本木ヒルズのすぐ裏側にあり、住所では元麻布、高級住宅地の中にある不思議なスリバチです。ブラタモリではガマ池と呼ばれたスリバチ状の池を取り上げていましたけれども、ガマ池と同じ谷筋の川をずっと下っていくと麻布十番にたどり着けます。その辺りにもまだまだ木造の長屋が建ち並ぶ風景が残っていたりしますよ。高層ビルの展望台などの高い所から風景を見て、東京独特な地形の起伏を眺めるのも面白いと思います。建物が地形の起伏に対応しているようで、東京の街並みって、地形の高低差に順応しているのが分かるからです。ガマ池のある位置をカシミール3D で鳥瞰地形図として表現すると、ガマ池のあった場所はまさにスリバチ状なのが分かりますね。自分たちがイメージしている麻布の高級住宅地というのは大体高台なのですが、麻布の中にもいくつかの窪地や谷間は点在しています。それでは、なぜこんな不思議な地形が生まれたかについて、詳しく解説します。形成要因としては3 つの条件が重なってできたものと認識しています。まずひとつめの条件は、東京とか横浜がこの関東ローム層に覆われていることです。先ほど説明しましたが、東京や横浜の土地は、火山灰が降りつもって作られた関東ローム層という土に覆われています。関東ローム層は水を含むと非常に崩れやすく、V 字状の侵食谷じゃなくて、がけ状の急峻な谷を形成します。二つ目の条件として、日本はヨーロッパやアメリカに比べると非常に降水量が多いということです。それらの地域と比べても倍ぐらいの降水量を誇ります。そのために非常にたくさんの川が流れ、時には水が湧き出るという土地のポテンシャルを持っています。三つ目の条件は、東京にとって幸いしたことなのですけれども、都市化されたのが江戸時代という割と古い時期だったということです。原地形にあまり手を加えずに、もともとの地形を生かしながら町割りがなされたということです。これはどういうことかというと、近年開発された新興住宅地というのは、凸凹地形の土地の場合、多くは谷を埋めて、丘を削って、なだらかにして、あるいは階段状にして、ひな壇状に造成してしまうでしょう。そういう開発を江戸時代の頃にはできない、あるいはやらずに町ができた。それがそのまま明治になっても昭和になっても新陳代謝を続けながら、都市が引き継がれてきたというのが実は非常にラッキーだったのかなと思います。今のガマ池のスリバチに下りると、昭和を感じさせるような長屋が多く残されています。写真では木造長屋の背後に、丘の上に建つ麻布ヒルズという超高層マンションがみえますね。非常に対比的な景観ですね。丘の麓の庶民的な住宅と、丘の上の高層マンション。それはまさに東京の地形が台地と低地とに二極化できるのと同じように、実は東京の町も格差社会じゃないですけど、ある意味こういう二面性を持っているのじゃないのかなと思います。ですから地形の高低差に応じた町を歩いてみると、丘の上と谷間の風景が劇的に変わります。段階を追って緩やかに変わるのじゃなくて、まさに地形の高低差が崖で突然切り替わるように、町並みもガラッと変化します。そこが実は凸凹歩きの一つの醍醐味なんじゃないかなというふうに思います。路地裏に潜む意外な東京の一面ということで、谷間には会場の皆さんも、なかなか下りる機会はないかなと思います。でも、この意外性を知ると東京を歩く楽しみが広がると思いますよ。なぜスリバチに気づかないのか?甲州街道や、国道246号すなわち大山街道など、昔からある主要な道路というのはだいたい尾根筋を通っています。地形図で見ますと主要な道路周辺にはたくさんのスリバチ、窪地があります。移動する際にこのようなくぼ地に一回一回下りていたら大変なので、昔につくられた主要道路は谷間に下りずに尾根筋、稜線をたどるわけなのです。その道筋を今でも引き継いでいますから、東京の道は意外と谷間の道と丘の道とではっきりと分かれています。ですから、意識しないと谷間に下りないで丘の道を歩いていることが多いです。丘の道から一本裏道にそれると、すぐそばに谷間はあることが多い。よく知る町のすぐそばに谷間は潜んでいたりする。スリバチを歩いていると、ちょっと哲学的な言い方になりますが、メインストリートだけを歩いていただけでは、分からないものがあるぞ、と。脇道にそれてこそ発見できるものがあるぞ、と。これを東京スリバチ学会では、「脇道にそれてみたら、そこはスリバチだった」と、ちょっと川端康成チックに表現しています(笑)。この、ちょっと寄り道や脇道にそれる勇気を持ってみようよ、そして大切なものに出会おうよ、という「脇道にそれてみたらそこはスリバチだった」という名言?いいと思いませんか(笑)。