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104渡る船で橋の代わりです。無料で乗れる船です。自転車や歩行者が乗る船でして、数十秒で対岸につきます。このようなものをうまくネットワークさせて、ソフトとして展開できたら魅力なんじゃないかなと思ったりしています。水辺には夢洲IR 候補地や、「海遊館」という水族館があったり、USJ もあったりします。USJ はハリーポッターで年間1500万人以上の入場者を狙っています。安治川を上ると中之島GATE があったり、さらには中之島公園があったり、奥までいくと、大阪城もあります。大阪城については市が「大阪城PMO(大阪城公園パークマネジメント事業者)」を募集し、民間事業者が運営するように整えていこうとしています。これらの施設へ、川を上っていける状況になることから水の軸を中心にうまく魅力をつくりながら、道頓堀、うめきた二期なども取り込みつつ、うまく魅力を出せたらなと思っています。そこで現在の南北の大阪の軸から、東西の軸へ90度戻して、東西の方向で人が移動すれば、大阪の水辺は再び身近に感じられるのではないかなと思っています。長々とご清聴誠に有難うございました。次は御舟かもめさんです。大阪でも二人がそろってお話することはないんですよー。_________________御舟かもめ(中野弘巳・吉崎かおり)中野大阪で小さな遊覧船を運営しています。10人乗れば満員となるくらいの小さな船を生業とさせていいただきまして、5年半ほど運営しております。御舟かもめの中野と申します。吉崎嫁の吉崎です。中野吉崎は旧姓を使っていますが、夫婦と数名のアルバイトのスタッフで運営しています。御舟かもめやプロフィールについてなどの話をしたいと思います。今日は夫婦漫才だと思ってお聞きください(笑)。私は学生時代に都市計画や建築の勉強をしまして、12年くらい前に大学院を卒業しました。卒業後はNHK の番組制作のディレクターをさせていただきまして、2009年にこの小舟を専業にしてやっていこうと、始めました。「なんで御舟かもめを始めるようになったんですか?」とよく尋ねられます。大きな要因は、今日隣に座っている女性でございまして・・・。彼女は船長としては私よりも先輩で、彼女のご両親が特別なブルジョアジーで船を買い与えてもらったということではなく、「2003年のころになんとなく小舟を買ってみたのでお客さんを乗せてみようかなと思ったんです」と言って、船を始めてしまったひとです。大阪の水辺には全体的に変わり者、陸の上だけではなんとなく物足りないなと思う人が川に出てきているのではと私は思っています。そういう人たちが順番に数珠つなぎのように川に出てきて色々なことをやっているのが現状です。その初期の頃から関わっているのが吉崎なので、まずは吉崎がどんなことをやってきたかを紹介してもらってから御舟かもめの話をしたいと思います。水辺との出会い吉崎この中で大阪に行ったことがある人はどれくらいいらっしゃいますか?(大半が挙手)そのなかで、大きい船でもいいですし、かもめじゃなくてもいいですので、大阪で船に乗った方は?(そのうちの半数が挙手)。まだまだ少ないかなと思ってたんですけど、結構率が高いですね。私は大阪生まれの大阪育ちで、町工場の中で育ったような者なんですけど、大阪のことを嫌いだったんです。汚いし、うるさいし、おっちゃんも怖い人が多いし、工場地帯だったので公園も少ないし遊ぶところも少なくて、痴漢も多いエリアでした。早く出ていってやろうと思っていたんです。20歳のときに大阪の建築家で中谷ノボルというおもしろい方に出会いました。中谷さんは、前に川が流れ、川向うに中央公会堂が見えるという、私にとっては中之島の一等地に住んでいます。ちなみに、大阪の地主さんたちは自分の場所を一等地と呼ぶ人が多いです。だから私にとっては一等地。中谷さんはかつ自分でボートを買って家の前に泊めていたんです。私も中谷さんの事務所に働いていたことがありまして、事務所のスタッフさんもその船で遊んでいるんです。「なんやこのおっちゃんの生き方、めっちゃいい場所が大阪にあるんや!」と思って、そこで水辺に一目ぼれしてしまいました。そこから私も川の前に住みたいと思ってすぐに一人暮らしをして、目の前に川があるから船を買って自分のすむ場所の前にその船を泊めたらええやん」と思い、23歳のときにボートローンを組んで五人乗りの小さなモーターボートを50万円で買って、一人暮らしのアパート前に置いて勝手に遊び始めたんです。そうしたら、泊めてから3日目くらい経って、近所のこわーいおじさんたちに「誰の許可をもろうてこんなところに泊めとんねん!!」と怒鳴られてしまったんです。泊めるところもどこもないし、給油にも行けないので、自分の自転車の荷台にガソリンタンクをくくりつけて毎日、運んでいました。そうやって遊び出して、やっぱり思っていた通り、自分の嫌いだった大阪の町のなかを流れる河川というものが魅力的に見えたんです。こんなにいいところなのに、(私が舟を始めた12年前は)街灯もないし、真っ暗だし、ホームレスもたくさん住んでいて、堤防よりもホームレスのブルーシートが堤防かのようにざぁっと並んでいる状況が大阪の町の川だったんです。ドブ川とも言わる状況でしたが、それでも、私はがすごい一等地に見えて「一等地をホームレスに取られている」と思ったんです。「なんでこんなもったいないことになってんやろう」と思ってたんです。ちょうど、そのころに中谷さんが「水辺からみた景観を良くするためのNPOを立ち上げよう」と言い出して、その仲間に入れさせてもらいました。現状、ホームレスに一等地を奪われていて、暗いし、人がいない。そういう状況下でどれだけ行政に訴えても何も動かないんです。なので、先ずは色々な人に水辺で遊んでもらおうということで月一回、毎月第三水曜日に今まで人がいなかったような所だけども水辺から見たらとても素敵な中之島の先端で、みんなでお昼ご飯